国立感染症研究所

鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルス感染の疑い例あるいは確定例の人由来検体の取り扱いに関する実験室内バイオリスク管理(暫定的推奨)

Laboratory biorisk management for laboratories handling human specimens suspected or confirmed to contain avian influenza A ( H7N9 )  virus causing human disease -Interim recommendations-

この推奨は、人に病気を引き起こす鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルスに関する現時点での知見を反映したものである。WHOは、この推奨に影響する可能性をもつあらゆる変化を注意深く監視しており、もし変化があれば更新版を出す予定である。

WHOは、鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルス感染の疑い例または確定例に由来する臨床検体を扱うすべての検査診断作業は、バイオセーフティーレベル2(BSL2)の実験室に基づいた手技と手順に則して実施することを推奨している。(参照. WHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition

 

 

鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルスの分離に関する手技は、以下に記載するとおり、より高いバイオセーフティーレベルでおこなうことを推奨する。ウイルスの培養、増殖、分離の研究のための適切な封じ込め対策の指定と実施に関する最終責任は、各国および各施設にある。しかし、以下で言及するように、各国の現状によって要求度が異なる可能性があるので、現在活用可能な知識と背景状況を考慮して意思決定すべきである。

鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルスの最新情報は以下を参照
http://www.who.int/csr/don/en/index.html http://www.who.int/influenza/human _ animal _ interface/influenza _ h7n9/en/index.html

この文書は以下の二部で構成されている。

  1. 実験室責任者と作業者のためのバイオリスク管理チェック表
  2. 実験施設における特定の操作に必須の作業環境に関する推奨

 


 

1. 実験室責任者と作業者のためのバイオリスク管理チェック表

以下のチェックリストは、鳥インフルエンザA ( H7N9 ) ウイルス感染の疑い例、あるいは確定例からの検体を受領し取り扱う実験施設のための手引きとして作成された。

このリストは網羅的なものではなく、実験施設が検体の受領と、WHOパンデミックフェーズ時に感染者のサーベイランス強化や臨床診断などの作業負荷に対する準備を確保する上での出発点を提供するものである。

他の情報源としては、各地域や各国の法律が含まれる。以下を参照されたい。

  1. WHO Laboratory Biosafety Manual, 3rd edition, 2004(再掲)
  2. CWA15793 Laboratory Biorisk Management, 2011

実験室責任者と作業者のためのバイオリスク管理チェック表

バイオリスク管理体制
  1. 十分な管理資源(例. 時間、資金)が利用可能である
  2. 作業者は、職場の安全性維持が最重要であり、作業負荷が潜在的に増加しても作業手順を省略せず、手順通りにしなくてはならないことを教育されている。
  3. 十分に訓練されたスタッフと以下の資源が利用可能となっている、
    • 管理責任者
    • 科学研究スタッフ
    • 専門的スタッフ〔例.バイオセーフティーオフィサー(BSO)〕
    • 支援スタッフ(例.廃棄物管理、清掃人、メンテナンス、輸送)
  4. 通常の作業時間以外でも、必要なスタッフが配置可能になっている(例.夜間、週末)
  5. 評価をうけた最新版のプロトコール、作業実施方針が整備され、共有されている。(例.安全作業実施、除染)
  6. 適正バイオセフティー実施指針(Good Biosafety Practice; GBP)に関する適切な情報源が確認され精査されている。(例.WHO Laboratory Biosafety Manual, 3rd edition
リスク評価
  1. 職務に関連したハザード(危険要因)が同定されている。
  2. リスクが評価され(現時点のハザードの知見に基づいた可能性と影響に応じて)、適切な対策がとられる。
  3. 残されたリスクが受容可能かどうか、追加の対策実施が必要かどうかを決定するため、対策実行後に定期的にリスクが再検討される。
  4. 基礎疾患のあるスタッフが確認されており、他の利用可能な選択肢が知らされている。
  5. 追加で届いた検体数や追加スタッフの人数、他の通常ではない作業条件/時間の管理が考慮されてきている。
  6. 職場における感染制御(例.くしゃみ、衛生)が再検討され、スタッフにアドバイスが行われている。
生物学的試料と毒素の目録と情報
  1. 検体とウイルス株の適切な保管のための目録システムが適所にあり、定期的に更新されている。
  2. 検体と分離株を保存するための十分な貯蔵容量を有する。
  3. 検体が適切にラベルされ、正しく同定されうる。
一般的な安全性
  1. 整理整頓がなされ、実験室が清潔で整然としている。
  2. 一般的な作業環境の見直しが実施されている。(例.電気的安全性、防火対策)
人材とその能力
  1. 全作業者のために、標準的操作手順(SOP)遵守計画と同様に、訓練と認識に関する計画が実施されている。
  2. 臨時に動員されたスタッフを含め、訓練され熟練した人材が要求される。
  3. 科学研究スタッフおよびサポートスタッフを含めて、呼吸器系ウイルス検体の取り扱いに熟練した者のみが、陽性の可能性のある検体を扱う。
適正な微生物取り扱い技術
  1. 危険性のある作業について再検討をおこなう。(例.エアロゾルや飛沫の発生、遠心分離機や安全キャビネット(BSCs)の使用、廃棄物の管理)
  2. 更新・編集され、承認された標準的操作手順(SOP)は、明快に記載され、簡潔、矛盾のないことが保証されたものであり、SOPを遵守する。
個人防護用具(PPE)
  1. 適切で十分量の個人防護具(PPE)が準備されており、支給品(マスク、レスピレーター、ラボコート等)が利用可能で、作業員がそれらの保管、使用、清掃、処分について熟知している。
人的要素
  1. 十分な休息が準備され、他の福利厚生問題(例.職場のストレス、家族に対する心配等)が適切に取り扱われている。
  2. 良好なコミュニケーションを維持するために、定期的なチームのミーティングやブリーフィングがおこなわれている。
  3. すべてのスタッフ(科学研究スタッフとサポートスタッフ)が、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染に関係するリスク、症状、何らかの疾病発生時の報告手順と関係機関からの支援について、周知されている。
健康面
  1. 予防接種の必要性と実施計画が確認され、供給されたワクチンが使用可能である。
  2. 抗ウイルス剤の利用可能状況、使用、投与の訓練についての方針が適宜実施されている。
  3. 実験室管理者と適切な医療機関へ直ちに報告されるべきすべての症状が確認されている。
緊急時対応と不測事態計画
  1. バックアップ用の自家発電機により、必然な安全キャビネットを含め、機能的に有効利用可能な安定した電源供給ができる。
  2. 必要時に他の部署の実験室へ移動して利用できる。
  3. 作業条件を変更しても、火災や浸水、その他のリスクを増加させない。
事件/事故の調査
  1. 事故調査と報告の実施過程が整備されている。
施設の物理的要件
  1. 検体や他の材料(例.廃棄物)を保存しておくための十分なスペースがある。
機器とメンテナンス
  1. 適切な安全キャビネット(BSC)と他の重要な機器へのアクセスが確保されている。
  2. できれば交換部品を備蓄し、機器は適切にメンテナンスして有効である。
除染、消毒、滅菌
  1. すべての廃棄物と他の材料の適切な除染作業の手順が確認され、計画的におこなわれている。
  2. 必要な消毒剤と他の材料の十分な供給が確保されている。
輸送手続き
  1. 適切な輸送コンテナを含め、輸送のために十分な供給が用意されている。
  2. 検体の受領と開封の手順が適切に実施されている。
  3. 荷主は必要な輸送手続きや適用される規制を認識している。
  4. 材料が実験室内部または外部へ安全に輸送できることを保証しうる手順が実施されている。
安全面
  1.  適切な安全面での対策がとられている。それらは通常の作業時間以外での作業への対応や、通常とは異なる状態(例.追加の人員)への対処を含んでいる。

 

2. 実験室での特別な操作を行う際の基本的な作業環境についての推奨

実験室における特別な操作を行う際の基本的な作業環境について以下のように推奨する。

a. 診断作業やPCR解析を含む通常の実験室手技

 鳥インフルエンザA(H7N9)による人への感染の疑い例や確定例の患者からの臨床検体を用いて診断やPCR解析を行う場合には、バイオセーフティーレベル2(BSL-2)(詳細はWHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition(再掲))を順守して実施する。

BSL-2を必要とする通常実験室作業の例:

  • 血清、血液(血液学、臨床化学を含む)気道からの検体やあるいは他の検体を用いた診断検査
  • 中和や不活化(溶解や固定などにより処理)されたウイルス粒子、および不完全かつ非感染性ウイルス遺伝子の操作
  • 気道検体からの通常の真菌・細菌の培養検査
  • 検体を扱う際の望ましい適正微生物学的技法(GMT)は以下のとおりである:
  • いかなる実験室内環境においては、飲食や喫煙、化粧やコンタクトレンズに触れたりしてはならない。
  • 適切な個人用防護具(PPE)を着用する。
  • すべての技術的手順はエアロゾルや飛沫の発生を最小限にする方法で行わなくてはならない。
  • 感染性の可能性のある試料を用いた操作、すなわち、密封遠心容器への出し入れ、粉砕、激しい震盪・攪拌、音波破壊、内圧が周囲と異なる感染性物質の入った容器を開けたりする際には、感染性物質の飛沫やエアロゾルが発生するので、全ての操作を有効性が確認され適切に維持された安全キャビネット(BSCs)内で行わなければならない。物品、人員、そして環境を防護するために、クラス2のBSCsの使用を考慮する。
  • 皮下注射針や注射器の使用を最小限にする。汚染した鋭尖物は常に、蓋付きで穿刺にも耐える容器に集め、感染性廃棄物として処理しなくてはならない。
  • 口でピペット操作をしてはならない。
  • 汚染物を適切に廃棄するためのバイオハザード容器を使用し、作業場所の近くに配置すること。 
  • 感染性の可能性のある物質をこぼした場合や作業の終了した時には作業面の汚染除去を行う。消毒と滅菌についてのさらなる情報はWHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition.(再掲)を参照されたい。
  • 手洗いをまめに行う。特に感染性物質や動物を取り扱った後や、実験室の作業区域を離れる際や食事の前。
  • 実験室を離れる前に個人用防護具(PPE)を脱ぐこと。
  • 安全キャビネット内で行うことができない手技の場合には、適切な個人用防護具(呼吸器や目を防護)と物理的封じ込め装置(遠心機の安全容器や密封出来るローターなど)を組み合わせて使用すること。
b. ウイルス分離

個々の国が今後得られる新知見や効果的な予防策を考慮して別途定める場合を除いて、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる人への感染の疑い例や確定例の患者からの臨床検体からのウイルス分離は、以下に述べるように、より高度の基本的封じ込め必要条件を満たす実験室においてのみ行うことができる。

  • 封じ込め実験室-バオセーフティレベル3(WHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition(再掲)による)に推奨される操作方法に厳格に従うこと。
  • 実験室内へ一定気流方向を維持できる管理された換気システムをもつ
  • 実験室からの排気が建物内の他の区域に再循環しないようにする。もし実験室内で再生・再循環する場合はHEPAフィルターを通すこと。実験室からの排気が屋外へ排出される場合には、人のいる建物や給気口から離れたところに拡散すること。(訳者注:日本においては、実験室内全体を陰圧にし、外部への排気にはHEPAフィルターを通すことが必要であることに注意されたい)
  • 実験室での作業従事者はエアロゾルや飛沫に曝露されるリスクがあるので、使い捨てのグローブ、前面閉鎖式または全身被覆式ガウン、手術着、前腕全体を被うカバーオール、ヘッドカバーおよび靴カバーまたは実験室専用の履物を装着する。目を保護するゴーグルや防護面、呼吸器の保護具(EU FFP2やUS NIOSHのN95の認定規格と同等、またはそれ以上の微粒子防護用マスク)、等の実験室用防護衣を着用しなければならない。
  • 実験室内に手洗い用の流しを設置する。
  • 実験室内や実験室間で運搬される全てのものは、壊れや漏れの起こらない二次容器に入れて運搬しなくてはならない。例えば、安全キャビネットからインキュベーターにモノを運んだり戻したりする時などである。安全キャビネット(BSCs)から検体を取り出す際は表面の除染をしなければならない。
c. ウイルス分離を行う研究に伴う追加のリスク

 特定の実験手技によっては、ウイルスに病原性や感染性を増強する変異や、ウイルスに抗原性や薬剤感受性を変化させるリスクを生じる可能性がある。特定のリスク評価を実施し、以下の手技を行う前にはリスクを低減させる対策を講じるべきである。

  • 異なるインフルエンザウイルスとの細胞培養の共感染、あるいは結果的に共感染を起こす手技
  • 抗ウイルス薬存在下でのウイルスの培養
  • ウイルス遺伝子の意図的な改変
d. 人に感染を起こす鳥インフルエンザA(H7N9)の動物への感染実験

以下の作業には、WHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition(再掲)に詳細に述べられている動物施設-バイオセーフティーレベル3と作業原則が必要である。

  • 鳥インフルエンザA(H7N9)が含まれている可能性のある検体から病原体を回収するための動物への接種
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)と推測される病原体の確認や特性を調べるための動物への接種を含めたあらゆる実験手順
 e. 適切な消毒剤
  • エンベロープウイルスに効果が確認されている消毒剤、すなわち、塩素、アルコール、過酸化物、第4級アンモニウム化合物、フェノール化合物などを製造者の仕様に従って使用すること。
  • 検体を扱った後は作業表面や器具を除染すること。消毒と滅菌についての他の情報は WHO Laboratory biosafety manual, 3rd edition(再掲)を参照に。
f. 汚染廃棄物
 g. 職業上の健康管理
  • 感染した兆候が見られたら実験室管理者や関係する医療当局に迅速に報告する。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)に曝露した可能性や実際に曝露した場合は迅速に報告し、また当該エリアや器具を適切に除染する。曝露直後は、速やかに医療上の助言を求める。
h. 適切に拡散防止措置が取られている実験施設への照会

上記のバイオリスク管理の勧告に適わない実験室は、地域、地方、国家やあるいは国際リファレンスラボラトリーへ検体を移送することを検討すべきである。

i. 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスを輸送するための必要条件

国家間に適用される検体輸送の国家基準に従うものとする。国家輸送基準がない場合や鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスを国際輸送する場合は WHO Guidance on regulations for the Transport of Infectious Substances 2013-2014 (Applicable as from 1 January 2013) . に記載されている国際要件に従う。

現在のところ、鳥インフルエンザA(H7N9)の疑いや確定された検体は、カテゴリーBの生物学的物質として安全に輸送できる。

人に病気をおこす鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス(分離培養したもの)はカテゴリーAとして輸送できる。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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