国立感染症研究所

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エンテロウイルスD68型流行期における小児気管支喘息発作例の全国調査

(IASR Vol. 37 p. 31-33: 2016年2月号)

目 的
2015年9月、全国的に喘息発作入院が増加し、一方で、各地で急性弛緩性麻痺(AFP)の散発が報告された1)。いずれもエンテロウイルスD68型(EV-D68)との関連が疑われている。AFPについては、日本小児神経学会が迅速に調査を開始し、疾患の重篤度からも、積極的疫学調査を行うことが厚生労働省事務連絡で通達された。しかし、喘息については病原微生物検出情報(IASR)への重篤例の報告以来2)、関連を示唆する報告が続き3-5)、調査の必要性が議論されたが、2015年を多発とするベースラインデータも存在しないことから積極的調査の対象とはならなかった。そこで、日本小児アレルギー学会は、喘息入院例を対象にした全国調査を行った。

方 法
2015年11月~2016年1月に日本小児アレルギー学会員の所属機関および推薦する基幹病院を対象に、2010年1月~2015年10月までの気管支喘息(喘息様気管支炎を含む)での入院症例、ICU管理例、人工呼吸管理例(nasal high flow、nasal CPAP例を含む)の報告を、月別、性別、年齢層別(0~2歳、3~6歳、7~12歳、13~19歳)に依頼した。また、2015年においては、喘息発作例におけるウイルス検索例とEV-D68検出例、AFP症例と、うち喘鳴を伴った例の報告を依頼した。調査依頼はホームページ上、日本小児アレルギー学会員のメーリングリスト等や日本小児アレルギー学会学術大会での緊急フォーラムで行い、所定のフォーマットファイルに入力したものを、学会事務局にあてメールでの回答を依頼した。

結 果
2016年1月11日までに全国131施設から回答を得た。喘息発作入院数77,281例、ICU管理例391例、人工呼吸管理例1,142例であった。調査期間中の欠落データがない120施設においては、2015年9月が入院例数(2,260例)、ICU管理例数(21例)、人工呼吸管理例数(55例)ともに最多であった()。

この月の入院例数は0~2歳728例、3~6歳1,002例、7~12歳451例、13~19歳79例、ICU管理例数は0~2歳6例(0.8%)、3~6歳8例(0.8%)、7~12歳5例(1.1%)、13~19歳2例(2.5%)、人工呼吸管理例数は0~2歳18例(2.5%)、3~6歳22例(2.2%)、7~12歳13例(2.9%)、13~19歳2例(2.5%)で、入院例数は3~6歳が多い一方、ICU管理率、人工呼吸管理率は7~12歳、13~19歳が多かった。また、性別(男/女)では、入院例数1,319/941例、ICU管理例数6/15例、人工呼吸管理例数25/30例と、男児の入院が多い一方、女児に重症化の傾向がみられた。

2010年以降、2015年9月の入院例数が最多であった全国調査の傾向は、年齢層3~6歳、7~12歳の結果が反映されていたが、0~2歳、13~19歳ではその傾向はみられなかった。同じく、2015年9月の喘息発作入院例数が最多の傾向は、関東、甲信越、北陸、東海、中国、四国地域でみられたが、北海道、東北、関西、九州地域では明らかではなかった。

2015年の喘息発作例に対するウイルス検索は237例で実施され、55例にEV-D68が検出された。9月に検査が行われた施設におけるEV-D68検出率は、9月が125例中41例(33%)、10月が89例中9例(10%)であった。9月に検索が行われたが、EV-D68が検出されなかった地域では9月の入院増加ピークがみられなかった。

また、回答施設における2015年のAFP症例は18例あったが、喘鳴を伴ったのは4例のみであった。

考 察
EV-D68は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属のエンベロープを持たないRNAウイルスで、夏から秋に多く発生し、感冒、下気道炎、喘鳴など様々な所見を呈す。米国では、2014年8月、ミズーリ州とイリノイ州の病院から、重症呼吸器疾患による入院症例の増加と、その中からEV-D68の検出があった6)。2015年1月までに累積1,153例のEV-D68の確定患者が発生した。同じく2014年8~9月にAFP 9例からEV-D68が検出されている7)

今回、日本において、2015年9月に、2010年以降、最多の喘息入院例、ICU管理例、人工呼吸管理例の増加がみられた。日本では2015年の他、2010年と2013年にEV-D68が流行しており8-10)、2010年も2015年に次ぐ喘息入院例、ICU管理例、人工呼吸管理例の増加がみられていたことは興味深い。ウイルス検索を行った施設は少ないものの、EV-D68の検出率から鑑みると、2015年9月にEV-D68が流行したこと、これが小児の喘息入院増加に関与していたことが示唆された。

地域差については、自発的な協力依頼であったため、報告された施設の地域分布に偏りがあり、明確な結論はだせないが、喘息発作のピークには地域差がある可能性が示唆された。

さらに、EV-D68によるAFPの増加が懸念されたが、今回、AFPを呈した症例は18例で、うちEV-D68陽性例は4例、うち喘鳴を呈したのは1例しかなかった。EV-D68はAFPや喘息発作の原因となることが示唆されているが、両者が併発する症例は少ない可能性がある。これに関しては、疫学および病態学の両面からさらなる検討が必要と思われる。

結 論 
今回、日本で初めて実施した喘息発作調査により、EV-D68は重症喘息発作の流行を惹起する重要なウイルスであることが示唆された。最近、抗炎症療法の普及で喘息の管理は向上したとされるが、今回の調査で明らかになったように、急性増悪による入院は未だ非常に多く、その疾病負担は大きい。そして、これが感染症流行によって、あたかもエピデミックのごとき様相を呈することにも注目すべきである。喘息は環境因子の影響を強く受け、特に急性増悪は気道感染症のインパクトが大きい。今回はレトロスペクティブな調査であったが、今後は、感染症サーベイランスと連動させながら、喘息発作入院動向を前向きにモニターすれば、気道感染症流行の重大なアウトカムの一つとしての喘息急性増悪対策に大きく貢献することができると考える。

謝辞:今回の調査に迅速なご協力をいただき、貴重なデータを提供していただいた全国131施設の先生方に深謝申し上げます。

 
参考文献
  1. 豊福悦史, 他, IASR 36: 226-227, 2015
  2. 伊藤健太, 他, IASR 36: 193-195, 2015
  3. 幾瀬 樹, 他, IASR 36: 248-249, 2015
  4. 藤井慶樹, 他, IASR 36: 249-250, 2015
  5. 伊藤卓洋, 他, IASR 36: 250-252, 2015
  6. Midgley CM, et al., MMWR 63: 798-799, 2014
  7. Messacar K, et al., Lancet 385: 1662-1671, 2015
  8. Kaida A, et al., Emerg Infect Dis 17: 1494-1497, 2011
  9. Hasegawa S, et al., Allergy 66: 1618-1620, 2011
  10. Ikeda T, et al., Microbiol Immunol 56: 139-143, 2012

日本小児アレルギー学会
  是松聖悟 三浦克志 長谷川俊史 長尾みづほ 
  中村晴奈 杉浦至郎 岡田賢司 藤澤隆夫

 

 

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