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エンテロウイルスD68型が検出された、急性弛緩性脊髄炎を含む8症例―さいたま市

(掲載日 2015/10/15、2015年10月29日更新)  (IASR Vol. 36 p. 226-227: 2015年11月号

エンテロウイルスD68型(EV-D68)は、2014年秋に米国で呼吸器疾患1,153例(2014年8月中旬~2015年1月15日)のアウトブレイクへの関与で注目されているウイルスである1)。米国では同時期に急性弛緩性脊髄炎が120例(2014年8月~2015年7月)と多発し、その一部の呼吸器検体からEV-D68が検出され、関連が疑われている2)。2014年秋は欧州でも呼吸器検体からEV-D68を検出した急性弛緩性脊髄炎3例が報告された3)

日本では2010年に山形で発症した1例(咽頭ぬぐい液検体)4)、2013年に広島で発症した1例(気管内吸引液検体)5)、EV-D68を検出した急性弛緩性脊髄炎の報告があった。急性弛緩性脊髄炎は頻度の少ない合併症だが、発症すると麻痺が残存する。

2015年9月には東京都での4例(気管内分泌物検体2例、鼻咽頭ぬぐい液検体2例)6)をはじめ、呼吸器症状を伴うEV-D68の流行が全国的に確認された7)。当院でも8例の咽頭ぬぐい液検体からEV-D68を検出した。うち1例が急性弛緩性脊髄炎のため、呼吸器症状の7例とあわせて報告する。なお、以下の気管支喘息の発作について、大発作とは自らの呼吸努力のみでは呼吸を維持できず入院加療が必要な重篤な状態、小発作とは身体症状が軽度で外来加療で済む状態を指す。

症例1:11か月男児。急性弛緩性脊髄炎で入院
不活化ポリオワクチン1期3回目まで接種済みで、独歩を獲得していた。
9月6日から発熱(39.1℃)、7日からポリオ様の右弛緩性麻痺が出現して同日紹介受診し、原因検索のため入院した。9月9日~10日にかけて左下肢も弛緩性麻痺が進行して対麻痺となった。中枢神経症状・膀胱直腸障害はなかった。入院時の髄液では蛋白・細胞数が上昇し、脊髄MRIでは下部胸髄の右前角にT2高信号、同じ断面の両側前根に造影効果を認めた。神経伝導速度では右で最大刺激でも活動電位を検出できなかった。9月10日から免疫グロブリン、ステロイドパルス療法3クールで治療した。9月10日で麻痺の進行が止まったが、改善は緩徐だった。退院時には左下肢の筋力が回復傾向だが、右は完全麻痺が残った。入院時の咽頭ぬぐい液からEV-D68を検出したが、髄液・便からは検出しなかった。随伴症状は下痢(最大1日9回の水様便)のみ。気道症状は皆無。

症例2:4歳女児。気管支喘息大発作で入院
8月中旬から鼻汁・咳嗽があり、23日夜から咳嗽が増悪した。24日深夜に起坐呼吸・多呼吸で覚醒し、入眠困難だった。翌25日朝にかかりつけ医から酸素投与下に救急搬送され、同日から7日間入院した。発熱なし。入院後に下痢(最大1日6回の軟便)あり。

症例3:3歳女児。気管支喘息大発作で入院
8月29日から咳嗽があり、夜間には発熱(37.9℃)・喘鳴・陥没呼吸が出現した。翌30日朝にかかりつけ医から酸素投与下に救急搬送され、同日から6日間入院した。入院後に下痢(最大1日3回の軟便)あり。

症例4:5歳女児。気管支喘息大発作で入院
9月4日から小紅斑、7日から咳嗽が出現し、12日午後から呼吸困難・発熱(39.2℃)があった。同日紹介受診し、活気不良・喘鳴・頻呼吸を認めたため同日から7日間入院した。下痢なし。

症例5:1歳1か月男児。急性気管支炎で入院
9月5日から鼻汁、6日から咳嗽、7日から喘鳴・陥没呼吸・発熱(37.5℃)があった。同日紹介受診し、喘鳴・頻呼吸を認めたため同日から5日間入院した。下痢なし。

症例6:4歳女児。気管支喘息大発作で入院
9月6日から咳嗽・喘鳴・呼吸困難があり、夜間に入眠困難のため時間外診療所から紹介受診した。発熱(37.7℃)・陥没呼吸・肩呼吸・チアノーゼ・意識障害を認めたため翌7日早朝から7日間入院した。下痢なし。

症例7:2歳男児。気管支喘息小発作で外来通院
気管支喘息で入院歴があるが、予防薬で発作頻度は減少していた。
9月1日から咳嗽、2日朝から喘鳴が出現し、当院かかりつけのため同日当院を受診した。努力呼吸はなく、ステロイド内服で外来通院した。発熱・下痢なし。

症例8:1歳5か月男児。急性上気道炎で外来通院
9月4日から鼻汁、5日から咳嗽・くしゃみ、6日から発熱(38.9℃)があった。当院で基礎疾患を検索中のため、発熱の対応で8日に当院を受診した。気道症状は軽微のため帰宅した。下痢なし。

気管支喘息発作(または急性気管支炎)で入院した全5例はβ刺激薬吸入・ステロイド静注・酸素投与で加療した。気管挿管例はなかった。なお、症例7を除く7例では気管支喘息の既往歴はなかった。

※EV-D68同定方法:さいたま市健康科学研究センターに検査を依頼した。咽頭ぬぐい液からQIAamp Viral RNA Mini kit (QIAGEN)を用いてRNAを抽出した後、RT-PCRによりVP1領域遺伝子を増幅し、得られた遺伝子増幅産物を用いてダイレクトシーケンスを行い塩基配列の決定を行った。得られた塩基配列についてBLAST検索した結果、EV-D68が同定された。

 謝辞:ウイルス検査を実施していただいた、さいたま市健康科学研究センター保健科学課の皆様に深謝いたします。

 
参考文献
  1. Enterovirus D68, CDC:
    http://www.cdc.gov/non-polio-enterovirus/about/EV-D68.html(参照2015-10-7)
  2. Summary of Findings: Investigation of Acute Flaccid Myelitis in U.S. Children, 2014-15 , CDC: http://www.cdc.gov/ncird/investigation/viral/2014-15/investigation.html(参照2015-10-7)
  3. Poelman R, et al., European surveillance for enterovirus D68 during the emerging North-American outbreak in 2014, J Clin Virol 71: 1-9, 2015
  4. 菊池貴洋ら,エンテロウイルス68感染および末梢神経障害を合併した横断性脊髄炎の1男児例,脳と発達 43:S298,2011
  5. 米倉圭二ら,エンテロウイルスD68型が検出された急性呼吸不全と急性弛緩性麻痺を来した1例,日本小児科学会雑誌 119:1380-1385,2015
  6. 伊藤健太ら,エンテロウイルスD68型が検出された小児4症例―東京都, 病原微生物検出情報(IASR)36: 193-195, 2015 
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/entero/entero-iasrs/5966-pr4281.html
  7. IASR Topics グラフ,国立感染症研究所:
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/510-graphs/4563-iasrgtopics.html(参照2015-10-9)
 
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