国立感染症研究所

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<速報> チクングニア熱の2例

(掲載日 2012/11/20)

 

フィリピンおよびカンボジアから帰国後のチクングニア熱の症例を経験したため報告する。

症例1
患者は生来健康な19歳のフィリピン人女性、主訴は発熱、発疹、関節痛であった。14歳から東京都内に在住しているが、2012年9月14日~19日まで親戚に会うためにフィリピンのマニラに渡航していた。現地では防蚊対策はしておらず、何度か蚊に刺されたという。9月24日の朝から倦怠感があり、昼頃から腹部、背部、腕に皮疹が出現していることに気づいた。その後も発熱が持続し関節痛が強くなってきたため9月25日に国立国際医療研究センター救急外来を受診した。

来院時、バイタルサインは体温39.0℃、血圧110/71 mmHg、脈拍数125/分、呼吸数18回/分であった。身体所見は関節腫脹は認めず、鼻周囲および腹部、背部に紅斑を認めた。その他異常所見を認めなかった。血液検査ではWBC 5,860/μl、Hb 14.2 g/dl、Plt 20.0万/μl、CRP 1.26 mg/dl、AST 19 IU/L、ALT 12 IU/Lであった。

フィリピン帰国後の発疹を伴う発熱であり、デング熱またはチクングニア熱が考えられたため、国立感染症研究所にてウイルス学的診断を依頼した。9月25日の血清からチクングニアウイルス遺伝子が検出され、チクングニアウイルスも分離された。また10月3日の血清ではチクングニアウイルス特異的IgM抗体が陽性(P/N ratio=5.7、P/N比は2.0以上を陽性と判定)となった。以上より、チクングニア熱と診断し、保健所に届出を行った。なお、いずれの血清でもデングウイルスIgG抗体が陽性であったが上昇傾向が認められず、IgM抗体も検出されなかったことから、過去のデングウイルス感染あるいは日本脳炎抗体との交差反応と考えられた。患者は27日には解熱し、関節痛および発疹も消退した。

症例2
患者は19歳の生来健康な日本人女性、主訴は顔面の皮疹であった。2012年9月11日~23日までカンボジアのシェムリアップ、プノンペン、バッタンバンに観光旅行のため渡航した。渡航前にA型肝炎ワクチンを接種しており、現地では防蚊対策として日本国内で購入した虫除けスプレーを使用していた。9月27日から38℃台の発熱と発疹が出現したため近医を受診した。

この際、37.0℃の発熱と頚部リンパ節腫脹、眼球結膜充血を認め、体幹・四肢・顔面・手掌・足底までの紅斑丘疹が観察された。 近医受診時の血液検査ではWBC 3,600/μl、Hb 15.6 g/dl、Plt 22.9万/μl、CRP 0.27 mg/dl、AST 20 IU/L、ALT 13 IU/Lであった。 その後、自宅で経過観察とされ自然解熱し皮疹もほぼ消失したが、渡航後感染症の精査加療目的で10月3日に国立国際医療研究センター・国際感染症センターに紹介となった。

当院受診時、発疹は顔面に残っているのみであり発熱も認めなかった(図1)。その他、身体所見に異常を認めなかった。当院受診時の血液検査では、WBC 5,060/μl、Hb 14.2 g/dl、Plt 16.3万/μl、CRP 0.13 mg/dl、AST 51 IU/L、ALT 49 IU/Lであった。

カンボジア帰国後の発疹を伴う発熱であり、デング熱またはチクングニア熱が考えられたため、国立感染症研究所にてウイルス学的診断を依頼した。10月3日の血清にてチクングニアウイルス特異的IgM抗体が陽性(P/N ratio=3.24、P/N比は2.0以上を陽性と判定)となり、チクングニア熱と診断した。なお、デング熱の抗体検査はIgM、IgGともに陰性であった。当院受診時すでに解熱していたため、保健所に届出を行い経過観察とした。発疹はその後、自然消退した。

チクングニア熱はトガウイルス科アルファウイルス属に属するチクングニアウイルスによる感染症である。ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなどに刺されることで感染する。潜伏期間は3~12日(通常3~7日)であり、発熱・頭痛・筋肉痛・関節痛・発疹を特徴とする。症状はデング熱と似ているが、チクングニア熱の方がデング熱よりも関節痛が強いという特徴がある。症例1では「重い荷物を運ぶことが困難なくらい」の強い関節痛の訴えがあった。しかし症例2のように関節痛が認められないこともある。流行地域もデング熱と重なっており、病歴・臨床症状や渡航地だけで両者を鑑別することは困難である。本邦では2006年に初めて報告されて以降、年間数例の報告にとどまっていたが、近年増加傾向にある。当院でもこれまで6例の報告があり1)、渡航国はすべて東南アジア・南アジアであった。

チクングニア熱を媒介するヒトスジシマカは本邦にも生息しており、海外でチクングニア熱を発症した患者が帰国後にヒトスジシマカに吸血されることで感染サイクルが生まれ、国内で流行する可能性があり危惧されている。実際にイタリアでは、2007年に国外でチクングニア熱に感染した患者からチクングニアウイルスが輸入され、国内で流行するといった事例がみられた。

チクングニア熱はまだまだ認識が不十分な感染症であり、国内での流行を防ぐためには医療従事者に本感染症についての啓発を行うことが重要である。

 参考文献
1)Mizuno Y, Kato Y, Takeshita N, et al., Clinical and radiological features of imported chikungunya fever in Japan: a study of six cases at the National Center for Global Health and Medicine, J Infect Chemother 17(3): 419-423, 2011

国立国際医療研究センター・国際感染症センター
忽那賢志 竹下 望 氏家無限 早川佳代子 加藤康幸 金川修造 大曲貴夫

 

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