国立感染症研究所

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チクングニア熱のカンボジアからの輸入例―福岡市

(Vol. 33 p. 240:  2012年9月号)

 

2012年7月、カンボジアから帰国したチクングニア熱輸入症例が確認されたので報告する。

症 例:30歳の女性。福岡県筑紫野市在住。7月12~16日にかけてカンボジアのシェムリアップに滞在し、シェムリアップを拠点に観光した。特に13~14日に蚊に多く刺された。滞在したのは、シェムリアップのみであり、16日に帰国した。

臨床症状と経過:7月19日、朝から全身倦怠感、筋肉痛、体熱感が生じ市販薬を飲むが、昼から悪寒、夕方には39℃の高熱が出現。7月20日の朝から39℃の高熱に加え、悪寒、全身脱力、目の充血、顔面発赤があり、滞在中蚊に刺されたと自覚していたことから、自らインターネットで調べてデング熱を疑い近医に相談し、感染症内科のある福岡赤十字病院を紹介された。

初診時には、高熱、全身倦怠感、全身の筋肉痛、足・手首の関節痛、両眼結膜充血、顔面発赤、アクネ様の皮疹が認められた。血液検査の結果は、WBC 3,000/μl、RBC 390万/μl、Hb 12.2 g/dl、Ht 36.5%、Plt 11万5千/μl、CRP 2.15 mg/dl、AST 15 IU/l、ALT 6 IU/lであり、白血球数・血小板数の減少・CRP値の軽度上昇が認められた。

デング熱の疑いで外来で経過観察としたが、全身倦怠感が強く7月21日に入院となった。時折38℃以上の発熱を認め、解熱剤頓用で経過をみた。入院後に両側上肢に散在性に紅斑が出現。7月23日には両側上肢の紅斑は増強、癒合傾向を認めた。この頃から解熱傾向となり、全身倦怠感も徐々に軽減、炎症所見も改善傾向となる。7月24日には両側下肢にも淡い散在性の紅斑が出現し、急速に拡大した。癒合傾向あり。両側上肢の紅斑は伸側に強い傾向あり。体幹にも四肢に比して淡い散在性の紅斑を認めた(出現日不明)。7月25日には紅斑は消退傾向となり、7月26日には関節痛も改善し退院となった。

検 査:検体は7月20日(2病日)に採取した血清を使用した。

デングウイルスについては、病原体検出マニュアル記載のReal-time RT-PCR法、酵素免疫測定法であるDENGUE IgM CAPTURE ELISA(panbio diagnostics社)、イムノクロマトグラフィー法であるDengue Dx IgG/IgM (FOCUS Diagnostics社)およびDENGUE NS1 Ag Rapid Test Kit(BIONOTE社)により検査を実施したが、すべて陰性であった。

チクングニアウイルスについては、病原体検出マニュアル記載のConventional RT-PCR法、Real-time RT-PCR法により遺伝子検査を実施したところ、どちらも陽性であった。また、Conventional RT-PCRの増幅産物を使用し、ダイレクトシークエンス法により塩基配列の決定を行い、チクングニアウイルス遺伝子であることを確認した。さらに、VeroE6細胞を用いウイルス分離を試みたが、ウイルスは分離されなかった。

考 察:デング熱とチクングニア熱を臨床的に比較すると、発疹・関節痛はチクングニア熱の方が強い傾向にあるとされている。本症例でも経過中に四肢に発疹が顕著となったが初期症状では明らかでなく、受診時の臨床症状から鑑別することは困難であった。また、両疾患のアフリカ・アジアにおける発生地域もほぼ一致するため、本症例のようにデングウイルスとチクングニアウイルスの検査を並行して実施することが重要であると考えられた。

チクングニア熱は、チクングニアウイルスを保有するヤブカ属のネッタイシマカ、ヒトスジシマカなどに刺されることで感染する。ヒトスジシマカは、日本にも広く生息しており、急性期の患者の血液中にはチクングニアウイルスが多く含まれていることから、ヒト-蚊-ヒト間で感染が成立し、輸入症例からチクングニア熱が流行する可能性がある。本症例は、国内でヤブカの活動が活発化し始めた時期に発生したが、帰国後は蚊にさされた自覚もなく、その後福岡での患者発生は認めなかった。

また本症例では、発症後患者が自らインターネットで調べデング熱を疑ったことが速やかな医療機関の受診に繋がっており、ホームページ(HP)を用いた情報提供は非常に有効であったと考えられた。今回の患者発生後に福岡検疫所・福岡県への情報提供、HPでの市民への情報提供・注意喚起を行った。このような情報提供により、輸入感染症への認識を高めることが重要であると考える。

福岡市保健環境研究所
梶山桂子 沖田智樹 宮代 守 佐藤正雄
福岡市南区保健福祉センター
広末美代子 石田英俊 目野俊子 江上裕子
福岡市保健福祉局保健予防課
澤田鉄郎 眞野理恵子 古川勝則
福岡赤十字病院感染症内科 石丸敏之
国立感染症研究所ウイルス第一部第二室 高崎智彦

 

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