国立感染症研究所

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モンゴル国における2015~2016年の麻疹の大流行

(IASR Vol. 38 p.59-61: 2017年3月号)

I.モンゴル国の概要

モンゴルは西・南・東を中国と, 北をロシア連邦と接する内陸国で, 面積, 人口, 人口密度はそれぞれ1.56百万km2, 3.06百万, 1.95人/km2(日本はそれぞれ0.38百万km2, 127.11百万, 340.8人km2)(2015年), 首都のウランバートルと21の県(Aimag)からなる。ウランバートルには総人口の45.7%に相当する1.40百万が居住している(2015年)。ウランバートルは, 郊外のチンギスハーン国際空港を離発着する国際直行便によって, 中国, 韓国, 日本, 香港, タイ, ロシア, キルギスタン, トルコ, ドイツとの間で, モンゴル縦貫鉄道によってロシア連邦ブリヤート共和国と中国内モンゴル自治区との間で, 人が行き来する国際都市である。

II. 麻疹に対する予防接種と麻疹の発生動向

1. 予防接種と麻疹の発生の年次推移

麻しんワクチンの定期接種への導入は1973年(生後8~11か月対象), 2回目の定期接種の導入は1989年(生後12~23か月対象), これらは2009年にMMRに変更された(対象は生後9か月と2歳に変更)。2015年以前には, 小児を対象とした麻しん含有ワクチン全国一斉接種が1996, 2000, 2007, 2012年に実施されている。報告定期接種率の年次推移, 全国一斉投与の報告接種率, および麻疹の報告患者数の年次推移を図1に示した。

2. 麻疹ウイルス伝播の遮断

2000~2002年の大きな流行の後, 年間数例~数十例の麻疹患者が報告されていたが, 2011年以降, 質の高いサーベイランスのもとでも麻疹患者は認められず, 2014年3月, 世界保健機関 (WHO) 西太平洋地域麻疹排除認証委員会によって, モンゴルでは土着性の麻疹は排除状態にあることが認証された。

III.麻疹の大流行

1.推 移

2015年3月の中旬, 実験室において確定診断された麻疹が複数報告され(遺伝子型H1), 以後2016年後半まで続く, モンゴルでは麻疹の定期接種が開始されて以降で最大の麻疹の流行が起きた。流行は2015年5月に1度目のピークに達し, その後2016年3月に2度目のピークに達した。図2に示したように最初の流行(2015年3~8月) では92.6%(17,684人)の患者がウランバートルから報告されたが, 次の流行(2015年9月~2016年8月) では46.2%(13,894人)の患者がウランバートル以外の県部から報告された。

2. 対 応

2015年5~6月, 生後6か月~5歳のすべての小児(2010~2014年生まれ)に対して麻しんワクチンの, 2016年6月, 18~30歳の大人(1986~1998年生まれ)に対してMRワクチンの, 全国一斉接種が実施された。それぞれの報告接種率は93.1%と88.1%であった。

3. 生年別の患者数とワクチン接種者の割合

図3に出生コホート別の2015年3月~2016年8月の報告麻疹患者数と報告ワクチン接種率を示した。生年の分かっているすべての患者48,999人のうち, 1997年以前の出生コホートから57.1%(27,727人), 2014~2016年の出生コホートから20.3%(9,837人)の麻疹患者が報告された。1998~2013年の出生コホートは高い報告接種率の1回目, 2回目の麻疹ワクチン定期接種と2007年および2012年のワクチン全国一斉接種の対象となっている。

4. 死 亡

麻疹による死亡が2015年に8例, 2016年1~5月に122例報告された。

IV. 大流行の原因と対応における課題

モンゴル保健省は, 2015年4月と9月, 2016年6月に, WHOと米国CDCと合同で流行調査を行った。その結果, 1989~1992年の民主化運動以降2000年に全国的にコールドチェーンが整備されるまでの間に生まれた世代において, 高い報告接種率にもかかわらず蓄積した多くの感受性者が, 2000~2002年の流行時およびそれ以降にも自然感染により免疫を獲得する機会を得ることなく残留していたことが大流行の主要な原因の一つと考えられた。そこに, 2013~2015年の間, 中国で全国的な麻疹の再興を引き起こしていた遺伝子型H1の麻疹ウイルスが, 2015年2月の旧正月の間, 全国的に祝賀の催されていたモンゴルに持ち込まれたことが引き金になり, 2000年以前のワクチン接種で集団免疫を獲得しているべきはずの出生コホートと, 2015~2016年の流行の際にワクチン接種対象年齢に達していなかった幼児を中心に, 2015年の前半, 人口の集中しているウランバートルで流行が拡大した。2015年の全国一斉接種が生後6か月~5歳までの小児のみを対象としたものであったため, 2015年の後半以降, 流行がウランバートルで再度拡大するとともに, 県部にも拡大していった。2015年9月~2016年7月にかけ, 2016年3月をピークとしてインフルエンザ様疾患が流行したこと, 同時期, 麻疹の流行が, 保健医療システムの十分でない県部に拡大したことが, 2016年の麻疹による死亡の上昇の主要な原因と考えられた。なお2016年1~5月の間の麻疹による死亡の92%は1歳未満の幼児の間で起きており, 全体の致命率は0.61%であった。これはモンゴルにおける1976~2016年の麻疹の年間致命率0.00~4.68%の範囲から逸脱するものではなかった。


世界保健機関西太平洋地域事務局 髙島義裕(たかしまよしひろ)
世界保健機関モンゴル国事務所 Sodbayar DEMBERELSUREN
モンゴル国保健体育省 Narangerel DORJ Amarzaya SARANKHUU

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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