国立感染症研究所

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関西国際空港内事業所での麻疹集団感染事例について

(IASR Vol. 38 p.48-49: 2017年3月号)

2016年8月に発生した関西国際空港内事業所での麻疹集団発生は, 2015年3月, 日本がWHO西太平洋地域事務局により麻疹排除状態にあると認定された後では初めての, 施設内における成人での集団発生であった。同事例の概要について報告する。

関西国際空港の概要

関西国際空港(以下関空)では, 一日平均約7万人の利用者と, 関空内の約300社の事業所の従業員約1万5千人(2014年11月1日時点)を合わせ国内外の多くの人が往来する。従業員の約60%は30代以下であり, 感染機会があったと考えられるAターミナルでは, 関空の従業員の半数強に当たる約8千人が就労している。

事例の概要と調査の結果

初発例は, 20代の従業員[麻しん含有ワクチン(以下ワクチン)接種歴不明]で, 関空内のB事業所に勤務し, 主にAターミナル国際線の出発ロビーでの業務に従事していた。2016年8月X日, 発熱を認め医療機関を受診。その後発疹も認めたため再診の際には薬疹を疑われた。発症から8日後, 4カ所目の医療機関で麻疹(遺伝子型H1)と診断されたが, それまでの間, 発症前日と発症当日, 発症4日後に出勤しており, 事業所および医療機関等の接触者は約200人に及んだ。大阪府医療対策課, 管轄保健所, 関空内事業所は, 従業員の健康観察, 体調不良時の出勤自粛と医療機関受診について対応を強化し, 患者の早期診断に努めた。9月上旬, 大阪府からの依頼に基づき, 国立感染症研究所は関空内事業所の従業員に対するワクチン接種および記述疫学を支援した。本事例では, 初発例の勤務先であるB事業所を中心に, 関空事業所内で計33人[女性25人(76%), 年齢中央値24歳(範囲21-39歳)]が麻疹と診断され, 初発例の発症日から24日後の発症者を最後に終息した()。

未接種・未罹患者の把握および対応:関空内の10~30代の従業員に対し, 麻疹の罹患歴とワクチン接種歴について回答を依頼した。回答が得られた9,137人中, 罹患歴がないと回答した人は8,062人, そのうち接種歴は1回2,996人, 2回1,085人, 1回または2回7人, 3回4人, 不明・未回答3,408人, 接種歴無しは562人であった。接種歴, 罹患歴がなく, 症例と勤務場所が近く, 接客担当の従業員を優先的に, 計300人に麻しん風しん混合ワクチンを接種した。

記述疫学:本調査では症例定義を, 関空内事業所において, 初発例の発症日から大阪府により終息が宣言された9月下旬までに, 麻疹を疑う症状が出現し, PCR法で麻疹ウイルス遺伝子が検出された人と定めた。33人が症例定義に合致し, このうち遺伝子型が同定された29人はすべてH1型, 4人は検出ウイルス量が少なく型別困難であった。33人中30人は初発例と同じB事業所の従業員であった。自記式質問票と聞き取りにより, 症状の経過, 受診歴, 接種歴, 行動歴について調査を実施した。調査には31人(94%)の協力が得られた。以下, その結果を示す。

行動歴では, 患者の大半で勤務場所・勤務時間・更衣室などが共通していた。接種歴は母子健康手帳などの記録により確認した。記録がない11人はすべて不明とした。本事例では, 患者病型の定義を「麻疹:38℃以上の発熱, 全身性の発疹, 一つ以上のカタル症状(咳, 鼻汁, 結膜炎)の3つすべてを満たすもの」, 「修飾麻疹:①前述3症状のうち1つか2つを満たすもの, または, ②37℃台の発熱または体熱感, 限局性の発疹, 一つ以上のカタル症状, のうち1つ以上を満たすもの」とした。31人中, 麻疹5人(16%, 入院3人), 修飾麻疹26人(84%, 入院なし)であった。病型別の患者の接種歴を表1に示す。麻疹では3人(60%)が接種歴なしであった。 修飾麻疹では16人(62%)が1回以上の接種歴があった。修飾麻疹患者の症状は表2に示すように, 発熱, 発疹(限局性), カタル症状の3症状すべてを呈する症例は5人(19%) と少なく, 麻疹を疑うのが困難な軽微なものが多くを占めた。 

考察とまとめ

本事例の初発例の感染源については, 中国から日本に入国した直後に麻疹を発症し, 症状がある状態で7月下旬に関空を利用した中国への渡航者である可能性が考えられた1)。初発例の事業所内での接触者を中心に感染拡大が起こったものと考えられたが, 健康観察の強化や, 麻疹と比較し感染力が低い2,3)修飾麻疹が多数を占めたことなどにより, 早期に終息したと考えられた。国際空港をはじめとする, 国内外の人が多く往来する観光地・施設などでは, 麻疹のように海外でまん延している病原体に曝露される可能性も高いと考えられる4-6)。そのような職場の従業員は, 予防接種を確実に受けておくことが望まれる。さらに今後, 麻疹排除を維持するためには2回の定期予防接種率をそれぞれ95%以上に維持すること, 流行地への渡航者に対する予防接種の啓発, 麻疹患者が1例出た時点での迅速な接触者への対応, 確実な診断が実施されることが必要である。

謝辞:麻疹の診療, 発生動向調査, 感染管理に関わった医療従事者, 関空事業所の関係者, 関西空港検疫所, 疫学調査にご協力いただいた大阪市保健所の皆様に深謝いたします。

 

引用文献
  1. Watanabe A, et al., Western Pac Surveill Response J 8(1), 2017
  2. Rosen JB, et al., Clin Infect Dis 58: 1205-1210, 2014
  3. Rota JS, et al., J Infect Dis 204: S559-563, 2011
  4. Banerjee E, et al., MMWR 64: 679, 2015
  5. NicLochlainn L, et al., Euro Surveill. 2016; 21(13): pii=30177
  6. Jennifer Z, et al., MMWR 64: 153, 2015

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース 小林彩香 金井瑞恵
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