国立感染症研究所

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世界と日本の百日咳流行株の比較

(IASR Vol. 38 p.35-37: 2017年2月号)

現在世界で使用されている百日せきワクチンには, 菌体をホルマリン等で不活化した全菌体ワクチン(wP)とワクチン抗原を精製した無細胞ワクチン(aP)がある。wP使用国とaP使用国では百日咳流行株の遺伝子型が異なることが以前より指摘されており, 近年では特にaP使用国で顕著な遺伝子変化が進行していることが報告されている。本稿では, MLVAタイプ(MT)およびワクチン抗原をコードする遺伝子の多型(ptxP-ptxA-prn-fim3)を指標に世界と日本の百日咳流行株の特徴を比較した。

 1.日 本

日本では世界に先駆けて1981年にaPが導入された。国内の現行aPは百日咳菌東浜株がワクチン株となっており, 本菌株の遺伝子型はMT83(ptxP1-ptxA2-prn1-fim3A)である。国内流行株の遺伝子型の年次推移を調べると, 2004年頃まではMT186(ptxP1-ptxA2-prn1-fim3A)が主要な型であったのに対し, それ以降は非ワクチン株型のMT27(ptxP3-ptxA1-prn2-fim3A)の割合が増加している1)。わが国では2000年以降, ワクチン抗原の一つである外膜タンパク質パータクチン(Prn)を欠損した菌株が高頻度(約4割)に分離されていたが2), 2008年頃からはその分離率が年々低下している()。Prn欠損株はMT186および類縁の遺伝子型を有する菌株に多く認められたため, 流行株におけるMT186からMT27への遺伝子型変化の進行がPrn欠損株の分離率低下の原因と考えられた。また, 国内ではDTaPからDTaP-IPVへの移行に伴い, 2012~2015年の間はPrnをワクチン抗原に含まないaPのみが接種されていた。そのため現在4歳以下の多くの小児はPrn抗原に対する免疫を有しておらず, 百日咳菌にとってPrnを欠損させる必要性が低い宿主環境となったこともPrn欠損株減少の要因と考えられている3)

2.aP使用国

ポーランドを除く欧米各国では, 1990年代後半からwPからaPへの切り替えが行われた。米国では, 1990年までMT10およびMT29(ptxP1-ptxA2-prn1-fim3A)を有する菌株が優勢であった。欧州各国でもaP導入初期にあたる1998~2001年には, MT27(49%)の他にMT29も約2割程度占めていたが, その後は0~1%と減少している4)。現在では, ともに非ワクチン株型MT27(ptxP3-ptxA1-prn2-fim3A)が主流となっている。一方, 米国では2010年以降, 近年になって急速にPrn欠損株の分離率が上昇している(2010年は14%, 2011年は40%, 2012年は53%)5)。また, 主にprn2アレルを有する菌株でPrn欠損が見つかっている点も日本とは状況が異なる。欧州諸国ではPrn欠損株は米国ほど急速に拡大していないものの微増傾向にある。フランスでは2007年のPrn欠損株分離率は7.8%であったが, 2011年には13.3%とやや上昇した6)。その他, フィンランド, ノルウェー, スウェーデン, オランダからも散発的なPrn欠損株の分離報告がある7)

3.wP使用国

ポーランド, フィリピンでは現在もwPが使用されている。中国では1960年代にwPが導入され, 2013年にaPに置き換わった。ポーランドでは1998~2001年にMT70が全体の55%を占めたが, 2002~2006年には14%と減少し, MT29の分離頻度が9%から57%と上昇した4)。また, フィリピンでは, MT34および7種の近縁MTsがそれぞれ50%, 42%を占めていた8)。一方, 中国では1950~2007年ではMT294(19%), MT95(17%) が最も優勢な遺伝子型であったが, wPからaPへの移行期である2012~2013年にはMT55(52%), MT104(13%) が主要な遺伝子型となった9)。これらの国々では, 流行株のMTは様々であるが, 近年ではワクチン株の遺伝子型のうちptxA遺伝子にのみ変異が加わった遺伝子型(ptxP1-ptxA1-prn1-fim3A)を有する流行株が主流となっている。なお, ポーランド, フィリピン, 中国からはPrn欠損株の分離報告はない。

分子疫学的解析により, aP使用国とwP使用国では遺伝子的に異なる百日咳菌が流行していることが明らかとなっている。全菌体ワクチンのwPが複数の抗原に対して免疫を誘導するのに対し, aPでは限られた抗原(2~5種類)に対し免疫を誘導する。この違いが, 異なる選択圧となって各国で流行する百日咳菌に影響を与えている可能性が指摘されている。ただし, Prn欠損株の発生状況など使用ワクチンの種類のみでは説明し難い点もあり, 今後も百日咳流行株の監視を続ける必要がある。

 

参考文献
  1. Miyaji Y, et al., PLoS ONE 2013; 8: e77165
  2. Otsuka N, et al., PLoS ONE 2012; 7: e31985
  3. Hiramatsu Y, et al., Emerg Infect Dis 2017; in press
  4. van Gent M, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2015; 34: 821-830
  5. Pawloski LC, et al., Clin Vaccine Immunol 2014; 21: 119-125
  6. Hegerle N, et al., Clin Microbiol Infect 2012; 18: E340-346
  7. Zeddeman A, et al., Euro Surveill 2014; 19
  8. Galit SRL, et al., Int J Infect Dis 2015; 35: 24-26
  9. Yang Y, et al., PLoS ONE 2015; 10: e0138941

国立感染症研究所細菌第二部 大塚菜緒

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