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DPTワクチン4回接種から約4年後の兄が感染源と考えられた百日咳乳児例

(IASR Vol. 38 p.30: 2017年2月号)

はじめに

百日咳は, 母親から百日咳に対する移行抗体を十分に得られなかったワクチン未接種の新生児や乳幼児が罹患すると重症化する場合がある。百日咳を含むワクチンの乳児への定期接種開始とその接種率の上昇から, 最近では小児よりも成人の報告数が増加している。成人発症者は症状が非典型で診断に至るまで時間がかかるため, 周囲への感染源となっている点が注目されている。今回我々はDPTワクチン4回接種から約4年後の兄が感染源と考えられた百日咳乳児例を経験したので報告する。

 症例:生後2か月男児

主訴:咳嗽 無呼吸発作

既往歴・周産期歴:特記すべき異常なし

現病歴:2016 (平成28) 年10月中旬より咳嗽あり, 近医で鎮咳薬など処方されるも徐々に増悪。10月末には無呼吸で顔色不良となることを繰り返し当院入院

入院時現症:体温36.6℃ HR 165bpm 呼吸回数40回/分 SpO2 97%(室内気) 呼吸音は清だが陥没呼吸あり 心雑音なし 腹部異常なし 診察中に無呼吸と徐脈を伴うSpO2低下, 時折咳き込みレプリーゼ様の呼吸あり

検査結果

レントゲン:異常所見なし。血液検査:WBC 25,340/mm3(Neut 18.4%, Lymp 75.2%), CRP 0.03mg/dL, 静脈血液ガス:PH 7.195, PCO2 64.0mmHg, PO2 59.6 mmHg, HCO3 23.8mmol/L, ABE -4.6mmol/L

臨床経過

入院後も徐脈を伴う無呼吸発作が頻発するため人工呼吸管理を開始した。同時に, 血液検査や臨床所見から百日咳を強く疑いピペラシリン(PIPC)と免疫グロブリンの投与も開始した。以降, 徐々に徐脈を伴う無呼吸の頻度は減少。PIPC投与開始以降, 白血球数も速やかに低下し, 6日間で人工呼吸管理から離脱した。入院時の喀痰からLAMP法にて百日咳菌DNAが検出され, 百日咳と確定診断した。

感染源について

5歳兄が患児の症状発現の約1カ月前(2016年9月)から咳込みあり。近医でクラリスロマイシンを3日間処方されたが, 徐々に咳は悪化し咳込み嘔吐していた。弟が百日咳と診断されたため, 家族内の予防投与目的で2016年10月末に当院受診されたが, この時も発作的に咳が出現し持続する状態であった。兄の保育所ではマイコプラズマとマイコプラズマ以外の発熱と咳嗽を伴う呼吸器感染症が流行していたため, 兄も検査を施行した。後鼻腔液からはLAMP法で百日咳菌DNA陽性, マイコプラズマDNA陰性。血液検査ではWBC 9,520/mm3(Neut 55.4%, Lymp 28.7%), CRP 0.27mg/ dL, EIA法による百日咳菌抗PT抗体価149 EU/mL, 抗FHA抗体価112 EU/mL。兄の百日咳抗体価は測定時期が症状出現から1カ月以上経過しており, 今回の感染で高値になったと考えられた。この兄は2011年4月, 5月, 6月と2012年10月にDPTワクチンを接種していた。また, 弟は生後2か月で, 兄の保育所のお迎えやスーパーなどの買い物について行く程度で, 近距離での接触は家族のみ。父母に感冒症状なく, おそらく弟は兄から百日咳が感染したと考えられた。兄の保育所ではマイコプラズマ以外の発熱と咳嗽を主症状とする呼吸器感染症も流行していたとのことであり, もしもこれが百日咳であるとすると, 大部分がDPTワクチンを4回接種していると予測される集団でも百日咳が蔓延している可能性が考えられた。

考 察

現在, DPT-IPVワクチンの定期接種は, 生後3か月・4か月・5か月・1歳半の4回接種が推奨され, それ以降の定期接種に百日咳は含まれていない。現行の百日咳ワクチン(acellular pertussis vaccine: aP)4回接種後の免疫効果は4~12年程度と推測されており, 兄は4年の経過で抗体が低下し, 重症化はしなかったが感染は成立し発症したと予測される。他国における予防接種スケジュールでは(本号15ページ表参照), 多くの国で生後2か月から接種が開始され, 4~7歳に5回目, 10代で6回目(成人用にジフテリアと百日咳の抗原量を減らしたワクチン:Tdap)の追加が行われている。これらの接種方法で, 感染源となる成人と, 重症化する乳幼児の罹患率低下に一定の成果をあげている。また, 米国では妊婦にTdapワクチンを接種し, 乳児への移行抗体を高めることでワクチン接種前の生後2か月未満の乳児を百日咳から守ろうとする試みも行われている。我々の経験した兄弟例と同じような症例が発生しないためには, 日本も百日咳を含むワクチンの接種開始時期や接種回数など変更していく必要があると考えられた。


大阪市立総合医療センター小児救急科 天羽清子 比良洸太 石川順一 外川正生
同 検査科  嶋田咲季 加藤 勝 藤川康則 玉川信吉

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