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東京都文京区における百日咳の発生状況調査, 2016年

(IASR Vol. 38 p.28-30: 2017年2月号)

2016年5月初旬より東京都文京区内で幼児を中心に百日咳患者の増加が認められ, 積極的疫学調査を実施したのでその結果を報告する。

概 要

2016年5月初旬に区立保育所の嘱託医が当該保育所において咳症状の児が多いことに気付いた。さらに6月2日, 文京区文京保健所(以下保健所)が公私立認可保育園と認証保育所を対象に日報ベースに実施している保育園サーベイランスで当該保育所における百日咳を探知した。保健所は6月2日~21日までに7か所の保育所, 2か所の幼稚園で百日咳が発症している情報を保育園サーベイランス, あるいは施設からの連絡により得た。細菌培養検査・LAMP法で複数の患者から百日咳菌あるいは百日咳菌DNAが検出されたため, 同区内において百日咳が広く発生していることが疑われた。

2016年7月7日に保健所から国立感染症研究所・実地疫学専門家養成コース(FETP)へ事例の全体像, 感染源・感染経路, リスク因子を明らかにし, 今後の対策への提言を行うことを目的に調査依頼があり, 地方公共団体等が行う実地疫学調査の一環で調査を開始した。

百日咳は5類感染症定点把握疾患で, 全国約3,000カ所の小児科定点から毎週患者数が報告されている(感染症発生動向調査の届出基準;http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-23.html)。

今回の実地疫学調査においては, 「百日咳に特徴的な症状(発作性咳嗽, スタッカート, 吸気性笛声, 咳嗽後の嘔吐, 無呼吸発作, レプリーゼ, 夜間の咳)を1つ以上認めた者」のうち, 検査診断の結果も加え下記のように定義した。調査期間は後述のように設定した。

病 型:

確定例
①百日咳菌・パラ百日咳菌の培養陽性
②百日咳菌DNA・パラ百日咳菌DNAがLAMP法またはPCR法で陽性
③ 抗PT抗体価の有意上昇(急性期と回復期のペア血清で, 抗PT抗体価が<10 EU/mLから≧10 EU/mLになった者, または, 急性期の抗PT抗体価が10以上100未満EU/mLで, 回復期に2倍以上の上昇を認めた者, または, 単一血清で抗PT抗体価≧100 EU/mLの者)

①~③のいずれか1つを満たし, かつ, ③においては
1.最終のワクチン接種から1年以上経過している者,
あるいは,
2.ワクチン接種歴が不明で, 年齢が3歳以上の者

可能性例
1.抗PT抗体価の有意上昇 (確定例と同基準) が認められるが, 最終のワクチン接種から1年未満の者
2.確定例の家族で百日咳に特徴的な症状を有している者
3.感染症発生動向調査の届出基準を満たす者

疑い例
確定例・可能性例のいずれにも該当しない者

除外例
1.急性期と回復期のペア血清で抗PT抗体価の有意上昇が認められない者
2.呼吸器感染症の原因病原体のうち, 百日咳菌以外の病原体が急性期に検出された者

調査①

前述した保育所の児童が多く受診するAクリニック(以下A)で診療録調査を行い, 百日咳患者の全体像, 患者の推移, ワクチン接種歴を解析した。

対象は, 2016年3月1日~7月15日に呼吸器症状を認めてAを受診した者とした。

病型は, 確定例33例(パラ百日咳菌陽性の3例を含む), 可能性例24例, 疑い例178例, 除外例90例であった。確定例の年齢中央値は5歳, 範囲は1-70歳, 可能性例の年齢中央値は1歳, 範囲は0-41歳であり, 確定+可能性例は1歳以下と4歳以上に多く分布していた。

百日咳菌が培養検査で陽性となった3例のうち, 1例は遺伝子型MT186, 2例は遺伝子型MT27aであった。確定例と可能性例を合わせた計57例中50例(88%)は3回以上の百日せき含有ワクチン接種歴を有していた。百日咳菌またはパラ百日咳菌あるいはいずれかの菌のDNAが検出された11例中8例は, 感染症発生動向調査の届出基準を満たさなかった(表1-1, 1-2)。

調査②

区内百日咳の発生状況の把握を目的に, 区内の2医師会の協力を得て1次・2次調査を行った。対象は, 2016年4月1日~6月30日に呼吸器症状を認めて医療機関を受診した者とした。内科・小児科・耳鼻咽喉科のいずれかを標榜する医療機関を対象に, 百日咳診断の有無, 診断方法について自記式調査票により後方視的に検討した1次調査の結果で, 13医療機関 (うち1例は入院施設に搬送) から百日咳が報告された。13医療機関のうち, Aを除いた12医療機関に対して自記式調査票による2次調査を行った結果, 29例の確定例が確認された。症例はいずれも小児科定点以外の医療機関からの報告であったことから, 感染症発生動向調査では探知されていなかった。2016年2月頃から散発的に患者発生が確認され, 4月から患者数の増加がみられた。確定例の年齢中央値は33歳, 範囲は4-79歳であり, 20歳以上の症例が多くみられた (29例中21例, 72%)。

調査①および②における流行曲線をに示す。

考 察

2016年2月から区内の複数医療機関で百日咳と診断された患者が確認されていたが, 小児科定点以外の医療機関を受診しており, 感染症発生動向調査では探知されていなかった。保健所は, 百日咳の発症を医療機関・施設からの情報提供あるいは保育園サーベイランスにより探知した。症例の大多数に百日せき含有ワクチン接種歴があり, また, 感染症発生動向調査の基準を満たさない症例も含まれていた。また, 区内の百日咳患者から2つの遺伝子型の百日咳菌とパラ百日咳菌が分離されていることから複数の感染源が存在すると推定され, これは人の流出入の多い地域であることが要因のひとつと考えられた。百日咳を現行の感染症発生動向調査で探知するには限界があり, また, 大都市部では複数の感染源により百日咳の早期の拡大が懸念されるため, 百日咳の拡がりが疑われた際には, 医療機関・自治体が連携して速やかな情報共有を行い, 住民への注意喚起を行うことが重要であると考えられた。また, 医療機関においては地域内で複数の百日咳確定患者の報告を認めた場合は, ワクチン接種歴のある幼児でも百日咳を鑑別にいれて診断に努め, 対策を講じることで結果的に, ワクチン未接種の乳児への感染源となることを予防すると考えられた。

謝辞:本調査の実施にあたり, 多大な御協力をいただいた小石川医師会, 文京区医師会の諸先生方に深く感謝いたします。


国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP) 新橋玲子 渡邊愛可
同 感染症疫学センター
 奥野英雄 神谷 元 島田智恵 松井珠乃 多屋馨子 大石和徳
同 細菌第二部 平松征洋 蒲地一成
森こどもクリニック 森 蘭子
文京区文京保健所
 小谷野惠美 石川久美子 藤田弘美 鳥羽真理子 伊藤静香 中島由香里
 佐久間栄一 長岡 慶 渡瀬博俊 石原 浩

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