国立感染症研究所

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ノロウイルスの最新の分子疫学とワクチン開発

(IASR Vol. 38 p.15-17: 2017年1月号)

背 景

感染症発生動向調査における感染性胃腸炎発生状況によると, 毎年, わが国では10月下旬~11月中旬に患者数が増加し初め, 12月にピークを迎える。感染性胃腸炎の原因となるウイルスには, ロタウイルス, ノロウイルス, サポウイルスなどが含まれているが, ヒトに感染するノロウイルス(HuNoV は, 冬季の感染性胃腸炎の最大の原因となっているウイルスである。1972年に米国NIHのアルバート・カピキアン博士によって発見1)されて以来40年以上の月日が流れたにもかかわらず, 感染モデル動物が無いこと, 効率の良い株化培養細胞を用いた増殖培養システムが開発されていないことから, 研究が遅れていた。近年, 幾つかのマイルストーンとなる技術構築, 発見がもたらされ急速に研究が進展し始めた。ここでは, 分子疫学とワクチン開発に関する話題を提供する。

 分子疫学研究の進展

次世代シーケンサー(NGS)の登場により, 劇的な進歩が分子疫学研究分野にもたらされた。NGSのワークフローの最大の特徴として, 標的特異的なプライマーセットを必要とせず, 検体から調製されるcDNA, DNAライブラリーの塩基配列をすべて読み切ってしまう圧倒的な解析能力がある。つまり, 下痢症ウイルス感染の疑われる便検体がある場合, まずNGS解析を行い, そのリードデータの中からウイルスのゲノム配列を見つけ出す万能検出機器として利用可能である。さらに, 便検体中にある程度のウイルス粒子(106個/g stool)が存在すれば, ゲノム全長もしくは, ほぼ全長の塩基配列を解析可能であり, 異なるウイルスの混合感染, 同一ウイルス種, グループの混合感染も問題無く解析可能である。しかし, シーケンサー自体が1,800万円ほどと高価なこと, 1ランあたりにかかる価格が数10万円(ライブラリー調製試薬, シーケンス用フローセルキットを含む)かかることから, 普及の障害となっていた。しかし, 我々は96サンプルの同時処理方法を導入し, シーケンサーさえあれば1検体およそ5,000~7,000円程度での解析を可能とした。これにより, ノロウイルス, サポウイルスそして11本のゲノムセグメントを有するロタウイルスの全ゲノムシーケンスデータを, 特異的なプライマーを使用することなく, 一度のNGSのランで96検体分解析できるようになったのである。

それに加え, コンピューターの解析速度の向上と新たなアルゴリズム, 統計解析理論が生かされたゲノムの分子進化の解析マルコフ連鎖モンテカルロ法とベイズ法, スカイラインプロットを導入することにより, 時系列分子系統解析が実行可能となった。2014~2016年度まで, 日本医療開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の下痢症ウイルスの分子疫学と感染制御に関する研究を展開し, 地方衛生研究所の協力を得て2003~2016年までのノロウイルスのゲノム進化を解析することで, ノロウイルスの遺伝子型の変遷を予測するプログラムNOROCAST version 12)の開発に成功した。実は, これらの成果は以下に記すノロウイルスの第一世代ワクチンの開発と密接な関係がある。

ノロウイルス第一世代ワクチンの開発

NoVには, 主にgenogroup I~Vまで(GI~GV)5つのgenogroupが存在している。NoVのGI, GII, GIVがヒトに感染するHuNoVである。GIには9種類, GIIには22種類のgenotypeが報告されている3)。異なるgenotypeは, 異なる抗原性を示すと考えられている。HuNoVの感染性粒子中(図a)には, 全長約7,600塩基の一本鎖(+)RNAゲノムがある。ゲノム上には, ウイルスの複製に関与する非構造蛋白質, ウイルス粒子を形成する構造蛋白質VP1, VP2をコードする3つのオープンリーディングフレーム(ORF)が存在する(図b)。HuNoVの粒子表面の微細な突起は, VP1のプロトゥルーディング領域(P-domain)によって形成されている(図b)。粒子表面に位置するP-domainのアミノ酸配列が多様性に富むため, HuNoVは多様な抗原性を示す。HuNoVは, ORF1とORF2のジャンクション領域で, ゲノムの組換えを起こすことが知られている。つまり, HuNoVは, ウイルスの粒子を形成する構造蛋白質遺伝子をスワップできるメカニズムを備えており, このゲノムの組換えが, NoVの遺伝的多様性を増大させている(図b, c, d)。さらに, HuNoV P-domainは, 宿主の免疫からの圧力を常時受けており, 粒子構造上の制約の範囲内において自由にアミノ酸を変化させ, 抗原性を変えている。このようなHuNoVの特徴が, ウイルス様中空粒子(VLP)を抗原とする第一世代ワクチンの開発の最大の障壁となっている。

HuNoV研究で著名な米国ベイラー医科大学のメアリー・エステス教授らは, 1990年代に, 組換えバキュロウイルスを利用した昆虫細胞発現系を用い, HuNoVのVLPの作製に成功した。以来, VLPは, 株化培養細胞で増殖させることができないHuNoVの抗原性の研究, 特異的抗体の作製, 抗原検出システムの構築, 粒子形状の研究などに用いられてきた。VLPはHuNoVの感染性粒子と同じ外部構造を有し, 同じ抗原性を持つと信じられてきたが, 実際は, VLPと感染性粒子の形状比較は, 行われていない。しかし, 先駆者の示唆している類似性を信じるのであれば, VLPをワクチン成分として使用し, HuNoVに対するワクチンを開発可能なはずである。

武田薬品工業は, 米国リゴサイト社を合併し, ノロウイルスGI.1, GII.4のVLPを含む2価のワクチン開発を行っている。このワクチンは, 筋肉注射で接種され, 接種対象者体内にこれらの種類のVLPに対する抗体を誘導する。誘導された抗体は, GI.1, GII.4 VLPがHBGAに結合することを物理的に阻害し, 結合効率を下げることが報告されている。さらに, ボランティアに依頼した実際のウイルスチャレンジ試験においても, プラセボ群に対するワクチン接種群の感染率の低下と重症化率の顕著な低下が報告された4,5)。しかし, 遺伝子型の異なるHuNoVのチャレンジに効果があるか否かは, これからの検討課題として積み残されている。ワクチンの作用機序についても同様であり, 何故上記のような効果が得られるのか, 明らかにされていない。

このようにVLPを抗原として用いる第一世代ワクチンに関して, 現在, 複数の国内外の企業が参入に関するプレスリリースを行っており, 今後の実用化を目指した開発に期待がかかる。デンカ株式会社が取り組んでいる植物の葉にVLPを発現させる技術は, 1平方メートルからグラム単位のVLPを生産可能である。そのため, 発現にかかるコストが圧倒的に安く, 短時間で高収量を得ることができるため, 一度に数種類のVLPをブレンドした多価ワクチン製剤の製造に適している。しかし, 多価ワクチンのブレンドには, インフルエンザワクチンのような, 流行予測システムが必須である。HuNoVのように30種類以上の抗原性の異なる遺伝子型に対応するためには, かなりの精度で少なくとも1年前までには, 流行株を予測し, ワクチンのブレンドを決定する必要がある。国立感染症研究所では, 前述の研究事業による全日本的下痢症ウイルスの分子疫学研究だけでなく, 「HuNoVワクチンシーズの開発」も行ってきた。今後, 我々が保有する多数のHuNoV-VLPライブラリーとそれぞれを認識し分別可能なモノクローナル抗体をワクチンシーズとして企業にライセンス供給し, 今後予測精度を向上させつつ開発が進む流行予測プログラムにより, ワクチンの実用化を加速する予定である。

本特集号では, 他稿をノロウイルス感染制御に向け, 今なにが進んでいるのかにも注意を払いつつ読んでいただけると幸いである。

 

参考文献
  1. Kapikian AZ, et al., J Virol 10(5): 1075-1081, 1972
  2. Suzuki Y, et al., Microbiol Immunol 60: 418-426, 2016
  3. Fields Virology 6th edition
  4. Atmar RL, et al., J Infect Dis 209: 1017-1022, 2014
  5. Riddle MS and Walker RI, Vaccine 2016 Jun 3; 34(26): 2895-2899
    doi: 10.1016/j.vaccine.2016. 03.077, Epub 2016 Mar 29

北里生命科学研究所北里大学感染制御科学府ウイルス感染制御学Ⅰ 片山和彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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