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アメーバ性虫垂炎

(IASR Vol. 37 p.245-246: 2016年12月号)

急性虫垂炎は,虫垂根部が糞石や腫瘍などで閉塞し,虫垂内圧が上昇し,虫垂壁の浮腫から虫垂内での腸内細菌の異常増殖をきたして発症するとされているが,閉塞がみられない症例も多く,病原体の直接的な侵襲も発症機序と考えられている1)。一方,急性虫垂炎患者の切除虫垂から赤痢アメーバが検出される「アメーバ性虫垂炎」が報告されてきており,診断の難しさや合併症の多さなどから注目を集め始めている2-4)

赤痢アメーバ症に共通するMSM(men who have sex with men; 男性同性愛者)やCSW(commercial sex worker; 性風俗産業従事者),HIV感染症などのリスク因子は,アメーバ性虫垂炎のリスク因子としてはまだ確立していない。しかし,MSMが82%を占める日本のHIVコホートでの急性虫垂炎の15.8%がアメーバ性虫垂炎であった一方2),赤痢アメーバ流行地域の一般住民からの報告をレビューした報告では,アメーバ性虫垂炎が1.4%にとどまっていたことから3),アメーバ性虫垂炎でもMSMあるいはHIV感染症がリスク因子であることが示唆される。

アメーバ性虫垂炎に特異的な自覚症状や所見は少なく,174例をレビューした報告では,右下腹部痛が98%にみられ,治療前の有痛期間は中央値で2日,下痢は14%のみにみられ,87%が発熱を呈したとされる3)。またCT所見は,日本のHIVコホートでの研究におけるアメーバ性虫垂炎の9例全例で急性虫垂炎に特徴的な虫垂の腫大を呈し,限局性腹膜炎や虫垂穿孔,腹腔内膿瘍を合併した症例もあったが,画像診断においてアメーバ性虫垂炎に特異的な所見は指摘し得なかった2)。また,赤痢アメーバ抗体もアメーバ性虫垂炎と非アメーバ性虫垂炎で陽性率に有意な差は無く2),検査特性として偽陽性も多いことから臨床上の有用性は低いと考えられた。以上より,MSMやCSW,HIV感染症などからアメーバ性虫垂炎の可能性を疑うことはできても,術前に診断することは困難である。ただし,穿孔や腹腔内膿瘍などの合併症を有する例が30.7%と多く3),術後に瘻孔形成や創部感染,敗血症などをきたすことも25.4%と多いことから3),患者背景からアメーバ性虫垂炎が疑われる症例や術前・術後に合併症を呈する症例ではアメーバ性虫垂炎の可能性を積極的に考慮すべきと考えられる。

赤痢アメーバの組織診断において,periodic acid-Schiff(PAS)染色は栄養体の染色性の面でhematoxylin-eosin (H&E)染色に勝り,周囲の炎症組織と十分なコントラストをつけてくれることから感度が高く,アメーバ性虫垂炎を疑った際にはPAS染色を追加することが有用である()。しかし,一般的に病理検査は,悪性腫瘍による虫垂根部の閉塞の可能性を除外するために提出されることが多く,H&E染色のみ施行されることが多い。そのため,赤痢アメーバの可能性を考慮してPAS染色を追加するよう,臨床サイドから病理検査室に依頼することが非常に重要である。

術前診断は困難であり,手術適応などの基本的な治療方針は一般的な急性虫垂炎に準じるべきである。ただし,患者背景からアメーバ性虫垂炎の可能性も考慮される場合には,虫垂切除後の虫垂根部の縫合部位に残存する赤痢アメーバが術後の穿孔や腹腔内膿瘍などの合併症を惹起する可能性も考えられ,術後抗菌薬として一般抗菌薬の他に,抗アメーバ療法としてメトロニダゾールを併用することが望ましいと考える。

赤痢アメーバが急性虫垂炎を呈することはあまり知られていない上に,症状や所見からアメーバ性虫垂炎を疑うことは難しい。しかし,高率に合併症を引き起こすことから,赤痢アメーバ症のリスク因子を有する急性虫垂炎例ではその関与を積極的に疑い,合併症の予防のためにも抗アメーバ療法を併用することが肝要と考える。 

 

引用文献
  1. Sifri CD,Madoff LC,Appendicitis,p982-985,In John EB,Raphael D,Martin JB(ed),Mandell,Douglas,and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases,8th ed,Vol 1,Elsevier,Philadelphia,PA,2014
  2. Kobayashi T,et al.,J Clin Microbiol [Epub ahead of print],2016,doi: 10.1128/JCM.01757-16
  3. Otan E,et al.,World J Surg 37: 2061-2073,2013,doi: 10.1007/s00268-013-2079-5
  4. Ito D,et al.,International Journal of Surgery Case Reports 5: 1054-1057,2014,doi: 10.1016/j.ijscr.2014.10.035

国立国際医療研究センター病院
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