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2015/16シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 37 p.214-219: 2016年11月号)

1.流行の概要

2015/16シーズンのインフルエンザは,2016年第1週に定点当たりの報告数が1を超え,流行期に突入した。これは前シーズンより5週遅い流行入りであった。国内のインフルエンザウイルスの流行はA(H1N1)pdm09,A(H3N2)およびB型の混合流行であったが,A(H1N1)pdm09ウイルスが,2013/14シーズン以来2シーズンぶりに流行の主流であった。例年,A型インフルエンザウイルスはピークを迎えるとすぐに減少に向かうが,今シーズンは3週間(第3週~第5週)高い数で推移し,その後減少した。B型は第2週から増え始め,第3週~第16週まで増減はあるものの,ほぼ同数で推移し,第17週以降減少した。また第9週以降,B型の報告数はA型の報告数を上回った。

国内の2016年10月12日現在の2015/16インフルエンザシーズンの総分離・検出報告数7,495株(A型亜型未同定およびC型は除く)における型/亜型比は,A/H1pdm09が48.4%(3,633株),A/H3が8.4%(626株),B型が43.2%(3,236株)であった。B型はB/山形/16/1988に代表される山形系統とB/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統の混合流行で,その割合は56%と44%でやや山形系統が多かった。

海外では,多くの国でA(H1N1)pdm09が流行の主流であったが,ヨーロッパの一部の国や中国ではB型の流行も大きかった。また,オーストラリアや米国では,シーズンの後半にA(H3N2)の大きな流行がみられた。海外におけるB型ウイルスは,Victoria系統の流行が主流であった国が多かった。

2. 各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析 

2015/16シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は,各地衛研において,国立感染症研究所(感染研)から配布された発育鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キット[A/California/7/2009(H1N1)pdm09, A/Switzerland/9715293/2013(H3N2),B/Phuket/ 3073/2013(山形系統),B/Texas/2/2013(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。また,最近のA(H3N2)ウイルスは赤血球凝集活性が著しく弱いために〔今冬のインフルエンザについて(2015/16シーズン):10〕,HI試験が困難な場合はPCR法による亜型同定が行われる場合もあった。感染研では,感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し,地衛研で分離および型・亜型同定されたウイルス株総数の約10%について分与を受けた。また,4病院からインフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体の供与を受け,感染研でウイルス分離を行った。地衛研から分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について,ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清を用いたHI試験あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(台湾,ラオス,ネパール,モンゴル)で分離された287株について遺伝子解析を実施した。解析した株はすべてHA遺伝子系統樹上のサブクレード6B(アミノ酸置換:K163Q,A256T)に属していた(図1)。サブクレード6B内にはさらにクレード6B.1と6B.2が形成され,解析株の80.1%はクレード6B.1に属した(図1,円グラフ)。諸外国においても,分離されたほとんどのウイルスは,同様にクレード6B.1に属していた。

抗原性解析:7~8種類のフェレット感染血清を用いて,国内および海外(台湾,ラオス,ネパール,モンゴル)で分離された364株(国内320株,海外44株)についてHI試験により抗原性解析を行った。その結果,解析した分離株のほぼすべてが2015/16シーズンワクチン株A/California/7/2009に抗原性が類似していた。また,クレード6B.1と6B.2に属するウイルス間での抗原性の違いはみられなかった。一方,国内で分離された株のうち3株は変異株であったが,これらの3株のHAタンパク質に共通したアミノ酸置換は認められず,抗原変異の原因となるアミノ酸置換は同定できなかった。

2-2)A(H3N2)ウイルス

遺伝子系統樹解析:本亜型ウイルスのHA遺伝子系統樹解析では,最近のウイルスはクレード3C.2a,3C.3aおよび3C.3bの3つの群に分けられる。その中で,A/Hong Kong/4801/2014株に代表されるクレード3C.2a(L3I,N144S,F159Y,K160T,Q311H,D489N)に属するウイルスが国内外ともに昨シーズンから流行の主流となり,2015/16シーズンにおいても解析株の98.4%が3C.2aに属した(図2,円グラフ)。さらに,2015/16シーズンのクレード3C.2a分離株は,N171K,I406V,G484E変異を持つ(サブクレード3C.2a1)傾向がみられた。一方,2015/16シーズンのワクチン株A/Switzerland/9715293/2013に代表されるクレード3C.3a(T128A,A138S,R142G,F159S),あるいはクレード3C.3b(E62K,N122D,T128A,R142G,L157S,D225N,V347K)に属する分離株は少数で,それぞれ解析株の1.1%および0.5%程度であった(図2,円グラフ)。海外における多くの国でも,これらのクレードに属するウイルスは少数であった。

抗原性解析:国内および海外(台湾,ラオス,ネパール)で分離された191株(国内154株,海外37株)について,9~11種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。また,2014/15シーズンと同様に多くのA(H3N2)分離株は極めて低い赤血球凝集活性しか示さず,HI試験の実施が困難な場合が多かったことから,本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。

解析した分離株の5~6割は,2015/16シーズンワクチン株A/Switzerland/9715293/2013(クレード3C.3a)の細胞分離株と抗原性が類似していた。また,分離株の7割以上が次期(2016/17)シーズンのワクチン株に選定されたA/Hong Kong/4801/2014(クレード3C.2a)細胞分離株や参照株であるA/埼玉/103/2014細胞分離株と抗原的に類似していた。また,海外分離株の多くも同様の傾向を示していた。しかし,解析した分離株の半数以上は,ワクチン製造用卵高増殖性株のA/Switzerland/9715293/2013(NIB-88)やA/Hong Kong/4801/2014(X-263)からは抗原性が大きく乖離しており,これらワクチン製造株は卵馴化による抗原変異の影響を強く受けていると考えられた。

2-3)B型ウイルス

遺伝子系統樹解析

山形系統:遺伝子解析を実施した国内および海外で分離された148株はすべて,HAタンパク質にS150I,N165Y,N202S,S229Dアミノ酸置換を持つクレード3(代表株:B/Wisconsin/1/2010株, B/Phuket/3073/2013株)に属した(図3)。

Victoria系統:国内および海外で分離された173株はすべて,HAタンパク質にN75K,N165K,S172Pアミノ酸置換を持つクレード1A(代表株:B/Brisbane/60/2008株,B/Texas/2/2013株)に属した(図4)。

抗原性解析:国内および海外(台湾,ラオス,ベトナム)から収集した分離株のうち,山形系統の182株(国内160株,海外22株)については6種類のフェレット感染血清を用いて,Victoria系統の170株(国内135株,海外35株)については7~8種類のフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。その結果,山形系統解析株の98%以上が2015/16シーズンに採用されたワクチン株B/Phuket/3073/2013に抗原性が類似していた。一方,Victoria系統解析株は,その99%が2015/16シーズンのワクチン株B/Texas/2/ 2013に抗原性が類似していた。

3. 抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状

季節性インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬としては,M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル)および4種類のNA阻害剤オセルタミビル(商品名タミフル),ザナミビル(商品名リレンザ),ペラミビル(商品名ラピアクタ),ラニナミビル(商品名イナビル)が承認されている。しかし,M2阻害剤はB型ウイルスに対して無効であり,さらに現在,国内外で流行しているA型ウイルスは,M2阻害剤に対して耐性を示すため,インフルエンザの治療には,主にNA阻害剤が使用されている。薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し,国や地方自治体,医療機関並びにWHOに対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地衛研と共同で,抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスを実施している。

A(H1N1)pdm09ウイルスについては,地衛研においてNA遺伝子解析によるオセルタミビル・ペラミビル耐性変異H275Yの検出を行い,感染研において上記4薬剤に対する感受性試験を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては,地衛研から感染研に分与された全分離株について4薬剤に対する感受性試験および既知の耐性変異の検出を行った。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

2015/16シーズンに国内で分離された2,565株について解析を行った。その結果,NAにH275Y耐性変異をもつオセルタミビル・ペラミビル耐性株が48株(1.9%)検出された。耐性株はほとんどが散発例であり,地域への感染の拡大は認められなかった。

海外(台湾,ネパール,ベトナム,モンゴル,ラオス)で分離された72株については,すべての株が4薬剤に対して感受性であった。

3-2)A(H3N2)ウイルス

国内で分離された161株および海外(台湾,ネパール,ベトナム,ラオス)で分離された63株について解析を行った結果,すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し,耐性株は検出されなかった。

3-3)B型ウイルス

国内で分離された298株および海外(台湾,ネパール,ベトナム,ラオス)で分離された68株について解析を行った結果,すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し,耐性株は検出されなかった。

4. 2015/16シーズンのワクチン株と流行株の抗原性の一致性の評価

インフルエンザ株サーベイランスはWHO世界インフルエンザ監視・対応システム(Global Influenza Surveillance and Response System: GISRS)によって,地球規模で実施されており,このサーベイランスの結果をもとに流行予測とワクチン株選定が行われている。しかし,卵を用いる現行のワクチン製造には国家検定に要する期間も加えると6カ月以上を要するため,流行予測とワクチン株の選定を前シーズンのインフルエンザの流行終息前に行わなければならず,結果的にワクチン株と流行株の抗原性が一致しない場合もある。このような背景を踏まえて,2015/16シーズンのワクチン株(卵またはMDCK細胞分離株)およびワクチン製造株(卵高増殖性株)と実際の流行株との抗原性の一致状況について,シーズン終了後に得られた総合成績に基づき遡って評価した。

わが国における2015/16シーズン用のインフルエンザワクチン株は,感染研における「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」での検討により,A/California/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09,A/Switzerland/9715293/2013(NIB-88)(H3N2),B/Phuket/3073/2013(山形系統)およびB/Texas/2/2013(Victoria系統)が選定され,2015年5月8日付けで厚生労働省健康局長より通知された(IASR 36: 112, 2015)。

A(H1N1)pdm09ウイルス:国内および海外における多くの国でA(H1N1)pdm09ウイルスの流行が主流であった。分離された流行株のほとんどが,ワクチン株A/California/7/2009(卵分離株)およびワクチン製造株A/California/7/2009(X-179A)(卵高増殖性株)と抗原性が一致していた。

A(H3N2)ウイルス:2015/16シーズンの流行株のほとんどは,ワクチン株A/Switzerland/9715293/2013とは違うクレード3C.2aに属した。ワクチン株と流行株の属するクレードは異なっていたが,解析した分離株の5~6割は,まだワクチン株A/Switzerland/9715293/ 2013(クレード3C.3a)(細胞分離株)と抗原性が類似していた。しかしながら,ワクチン製造用の卵高増殖性株A/Switzerland/9715293/2013(NIB-88)は卵馴化による抗原変異の影響を大きく受けているため,解析した分離株の半数以上は,ワクチン株から抗原性が乖離していた。

B型ウイルス:2015/16シーズンから4価ワクチンが導入されたことを受け,B型ワクチン株は両系統から選定された。山形系統のほとんどすべての流行株がワクチン株B/Phuket/3073/2013(細胞および卵分離株)と抗原性が類似していた。同様に,Victoria系統のほとんどすべての流行株がワクチン株B/Texas/2/2012(細胞および卵分離株)と抗原性が類似していた。

本研究は「厚生労働省発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国地方衛生研究所(地衛研)との共同研究として行われた。また,インフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体について,永寿総合病院・三田村敬子先生,市川こどもクリニック・市川正孝先生,あべこどもクリニック・安倍隆先生,座間小児科・山崎雅彦先生の協力を得て供与を受けた。さらに,ワクチン株選定にあたっては,ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために,新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米国CDC,英国フランシスクリック研究所,豪州Victoria州感染症レファレンスラボラトリー,中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり,その他の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また,本稿は上記研究事業の遂行にあたり,地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。


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