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インフルエンザ脳症について

(IASR Vol. 36 p. 212-213: 2015年11月号)

はじめに
日本では、例年、冬季を中心にインフルエンザが流行する。インフルエンザは、重い合併症を引き起こすことで知られており、たとえば細菌性の二次性肺炎を引き起こすことで、高齢者や基礎疾患を持つ免疫不全患者では重症化することが報告されている。また、インフルエンザは、インフルエンザ関連脳症(以下、インフルエンザ脳症)と呼ばれる、重度の中枢神経症状を呈する急性脳症を発症することもよく知られている。インフルエンザ脳症に関しては、日本からの報告が多く、また、小児例が報告の中心である1)

日本では、感染症法に基づいた、感染症発生動向調査により、急性脳炎(脳症を含む、以下急性脳炎とのみ記載)の患者を診断した医師には、5類感染症として全例最寄りの保健所に届け出ることが義務付けられており、急性脳炎のサーベイランスが行われている。多様な原因病原体による急性脳炎の報告が集積されているが、その中で、インフルエンザウイルスに関連するものをインフルエンザ脳症として情報を収集することができる。ここで、急性脳炎の感染症発生動向調査にインフルエンザ脳症として届け出られた報告を収集し、インフルエンザ脳症の特徴についてまとめてみたい。

感染症発生動向調査における急性脳炎の届出基準や届出項目
感染症発生動向調査における、急性脳炎の届出基準は、a)意識障害を伴って死亡した者、あるいは意識障害を伴って24時間以上入院した者、かつ、b)3つの症状(38℃以上の高熱、何らかの中枢神経症状、先行感染症状)のうち、少なくとも1つの症状を呈した場合、と定められている(届出基準: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html)。

届出票には年齢、性別のほかに、発熱や頭痛、嘔吐、項部硬直、けいれん、髄液細胞数の増加、その他の症状を自由に記載できる欄が設けられている。また、初診年月日や診断年月日などの日付とともに、届出時に死亡が確認されている症例に関しては死亡年月日の届出欄がある。その他、感染原因、感染経路、感染地域に関する届出欄も設けられている。

インフルエンザ脳症の報告数
過去6シーズン(2009/10シーズン~2014/15シーズン)で、計748例のインフルエンザ脳症の報告があった。図1には、各シーズンのインフルエンザ脳症の報告数と、その年齢分布を示した。2009/10シーズンにおいては、A(H1N1)pdm09の流行の影響もあり、インフルエンザ脳症の報告数自体が多かった2)。また、A(H1N1)pdmが流行した年齢層を反映し、2009/10シーズンのインフルエンザ脳症の年齢分布は、5~9歳がその他のシーズンと比較しても多い。2009/10シーズン以降は、毎シーズン60~100例の報告がある。また、インフルエンザ脳症は小児での報告例が多いが、20歳以上の成人例の報告も各シーズンで変動はあるものの、10~35%で認められることにも注意が必要である。

図2には、各シーズンにおける、インフルエンザ脳症報告数とインフルエンザ定点当たり報告数の比較を示した。インフルエンザ定点当たり報告数のピークの時期と、インフルエンザ脳症の報告数のピークの時期はよく一致しており、インフルエンザ自体の流行に伴い、インフルエンザ脳症の報告数も増加することがわかる。

インフルエンザ脳症の症状
届け出られた主な症状に関して、0~4歳、5~19歳、20~59歳、60歳以上の4つの年齢群に分け、その報告数と割合を表1に示した。図1でも示したように、20歳以上の成人例に比べ、0~4歳、5~19歳の報告数が多い。発熱に関しては各年齢群で88.9~95.5%と高い割合で認められており、けいれんに関しては、熱性けいれんを起こしやすい0~4歳で高い割合であった。また、5~19歳、20~59歳では頭痛や嘔吐が比較的多く みられた。20~59歳、60歳以上では小児例と比較して、項部硬直、髄液細胞数の増加のみられる割合が多く、また、届出時に死亡と届け出られていた症例に関しては、0~4歳では6.9%、5~19歳では4.9%であったが、20~59歳では9.7%、60歳以上では15.2%であった。成人例は、小児例よりも少ないものの、症状ごとには小児例との差異もあり、重症度においては決して軽視はできないと考えられる。

急性脳炎のサーベイランスに関する制約と課題
急性脳炎のサーベイランスの結果を用いるにあたり、いくつかの制約がある。まず、急性脳炎の届出基準は臨床診断であり、必ずしも正確な検査診断は求められていない。また、症状や転帰に関しては、届出時に認められたものであり、追加報告は義務ではない。そのため、たとえば、届出後に死亡した症例があった場合でも、報告がなされていないことも考えられる。

このように、サーベイランスの結果の解釈には、いくつか注意が必要であり、サーベイランスの結果のみでは確定的なことは言い難い。しかし、インフルエンザ脳症という稀な疾患の報告を全国規模で、かつ、継時的に評価できるという点では、非常に有用である。今後は、サーベイランスの結果から明らかになったインフルエンザ脳症の特徴に関して、さらに詳細な検討がなされることが期待される。 

 

参考文献
  1. Morishima T, et al., Clin Infect Dis 2002; 35: 512-517
  2. Gu Y, et al., PLoS One 2013; 8: e54786


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