国立感染症研究所

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ムンプス難聴と聴覚補償

(IASR Vol. 34 p. 228-230: 2013年8月号)

 

小児耳鼻咽喉科医が、ムンプス(流行性耳下腺炎)の流行を実感するのは、「ムンプス難聴」の子どもを診療した時である。一側性高度感音難聴(または一側ろう)の子どもを一人、「ムンプス難聴」と診断すると、間もなく一人、また一人、とムンプス難聴の子どもが来院する。また、ムンプス難聴の疑い例を何人も診るのは、11~12月である。この時期は、就学前健康診断を受け、「耳の聞こえの精密検査」を受けてくるように小学校から言われ「難聴疑い、一側高度難聴で精査依頼」の子ども達が受診するのである。

ここでは、小児耳鼻咽喉科診療に従事し、ムンプス難聴の診療に携わってきた経験を含め、ムンプス難聴について述べたい。

1.ムンプス難聴の診療
就学前の子どもで一側性高度感音難聴児が受診した場合、先天性なのか、後天性なのか、さらに原因はなにかを考える。

発症時期については、新生児聴覚スクリーニングを受けた子どもで、スクリーニング結果がrefer (要精査)と指摘されていなければ、概ね出生時は聴覚正常であり、後天性の可能性が高いと考えられる。近年は、新生児の60~70%程度が出生後1週間以内に新生児聴覚スクリーニングを受けている。すなわち、出生時のスクリーニングで両耳の聴力がpass(通過)している場合は概ね正常であったと判断できる。もし、一側でもrefer という結果がでれば、乳児期に聴力の精密検査を受けているはずであり、聴覚が正常かどうか、異常があれば原因検索など何らかの診療がなされているはずである。新生児聴覚スクリーニングを受けていない小児では、発見された難聴が先天性か後天性かを判断するのは、胎生期や周産期の異常の有無、CT等の画像診断などによる。

新生児期に聴覚障害はなく、後天性に感音難聴が生じる疾患はさほど多くはない。表1に後天性の感音難聴の原因を示した。表1のムンプスと突発性難聴以外の状況は「難聴ハイリスク群」と考えられ、通常は担当医から聴覚精査を依頼される病態である。

そのような既往がなく、就学前診断で「難聴の疑い」があり、かつ、精密聴覚検査で「一側高度感音難聴、あるいは一側ろう」と診断した場合、先天性ではないこと(内耳奇形などがないこと)、髄膜炎などの既往がないことを確認する。先天性でない場合、原因の多くは「ムンプスによる高度感音難聴」である。

保護者からすると、「なにも症状がないし、本人にも聞こえが悪いという自覚がない」のに、突然「一側高度感音難聴」や「一側ろう」と診断され、かつ、治らないことを告げられ、絶望の淵に立たされる思いをする。しかも、それは「ワクチンで予防できる唯一の後天性感音難聴である」ことを知った際には、後悔と保護者としての責務にさいなまれることになる。

ムンプス難聴の特徴を表2に示した。ムンプスの合併症として一側性難聴があっても年少児は自覚しにくく、その訴えもほとんどなく、また周囲の大人も気がつきにくい。そのため、発見が遅れ就学前健診で指摘されることが多くなる。なお、感音難聴とは、内耳あるいは内耳よりも中枢側の聴覚路の障害により生じた難聴で、中耳炎など中耳や外耳の疾患による伝音性難聴と明確に区別される。ムンプス難聴は血行性にウイルスが内耳に感染することにより生じるとされる1)。 

2.ムンプス難聴の頻度 
小児耳鼻咽喉科の診療に20年以上携わっていると、ムンプス難聴は少なくとも一つの小学校に一人か二人ぐらいは存在するように思われる。小児科の20~30年前の教科書では、1:15,000(新小児医学体系1981、中山書店)、1:18,000(小児疾患診療のための病態生理1997、東京医学社)、 0.4%(外来小児科学1993、東京医学社)と記載されており、まれな合併症ととらえられている。

しかし、耳鼻咽喉科医からの報告では1:184(石丸、1988)、1:225(木村、1991)、1:250(児玉、1995)、1:553(村井、1995)、1:294(青柳、1996)と、小児科の教科書とは発生率に 100倍近くの差が生じている。この差は、ムンプス難聴のほとんどが一側性難聴であり、年少児は訴えないために難聴に気がつかれないままに経過してしまうこと、難聴に気がついた時には原因不明の一側性難聴と診断される可能性が高いことなどが原因として挙げられる。

厚生労働科学研究・特定疾患研究事業より得られたムンプス難聴の疫学調査結果では、2001年に1年間の全国のムンプス難聴受療患者数は 650人と推計された。2001年の推計人口を分母として計算した推定受療率は人口 100万対 5.1と述べられている2)。ただし、この受療率は発症率ではない。2001年に発症したムンプス患者を分母として比率を計算すれば、ムンプス罹患時の難聴発症率が算出できるはずである。同報告2)では「単一施設では 100~ 500ムンプス罹患に対して1件の難聴発生」と述べている。この発生率は臨床現場の実感に近いものがある。

3.ムンプスによる両側性高度感音難聴について
今まで主として一側高度感音難聴について述べてきたが、頻度は少ないとはいえ、両側高度感音難聴が発症することがあり、これは子どもの人生に大きく影響を与える。音声や環境音などすべての音が耳から入ってこなくなるのである。言語習得前の子どもであれば、言語習得に多大な影響が生じる。耳から音声による言語の入力がなければ、小学校低学年以下の子どもは、それまで獲得していた言語をも喪失していってしまうのである。

 図1の聴力図3)は初診が6歳2カ月の男児のものである。耳下腺部が腫脹した6日後に、ふらつきがあり立てなくなった。同じころ口数が少なくなりほとんどしゃべらなくなった。後ろから呼んでも反応がなく、会話は成立せず、会話の内容とは全く筋道の異なる独語の状態であった。耳から音が聞こえてこないようだ、との訴えがあり、ムンプスによる両側高度感音難聴と診断した例である。

この症例は就学前であり、急性発症の両側高度感音難聴であるために、なんのケアもしないでいると、今まで獲得した言語が失われていく。自身のフィードバックによる音声のコントロールもなくなり、発声自身も減少する。この症例では難聴の発症後はほとんどしゃべらなくなっていた。言語聴覚士が介入し、今まで通りに声を出すこと、話すことなどの指導を行っていった。

4.聴覚補償・人工内耳
一側性高度感音難聴の場合は、言語の獲得や会話にはほとんど支障をきたさないため、聴覚補償を行うことはない。緊急に聴覚補償が必要なのは両側高度難聴の場合である。

上記症例では、人工内耳の適応と判断し、手術実施施設への紹介、手術への準備を行った。就学直前であったため、普通小学校への就学は困難と判断した。ろう学校入学を検討し、保護者や周囲には、両側高度感音難聴児への対応ができるよう、医療機関と教育機関が協力して支援を行った。

人工内耳を装用すると、聴覚を取り戻し、聴覚が正常になるかのような誤解を持ちやすい。ところが、人工内耳は内耳の蝸牛に電極を挿入し、音信号を電気信号に変えて聴覚中枢に伝える補助器具である。今まで聞こえていたように音声が音声のままに聴覚中枢に到達するのではない。人工内耳装用後は電気信号を音として認識するトレーニングが必要となる。音の聞こえのサポートにはなるが、聴覚が正常になるわけではない。人工内耳を装着しても、周囲は難聴児者としての対応をしていくことがきわめて重要となる。

人工内耳装着児や補聴器装用児に対する聞こえの支援のパンフレット4)が日本学校保健会から出されており、PDF ファイルでも得られるので、参考にしていただきたい。

 

参考文献
1) 福田 諭, よくわかる聴覚障害 難聴と耳鳴りのすべて, 小川郁編, 201-202, 永井書店, 2010, 東京
2) 喜多村 健、中島 務, IASR 24: 107-109, 2003
3) 工藤典代, ENTONI 69: 1-6, 2006
4) 聴力調整指導委員会編, 難聴児童生徒への聞こえの支援-補聴器・人工内耳を使っている児童生徒のために-, 財団法人日本学校保健会, 2004  
  http://www.gakkohoken.jp/uploads/books/photos/a00035a4d8026657a6b6.pdf

 

千葉県立保健医療大学健康科学部栄養学科 工藤典代

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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