国立感染症研究所

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小児科からみたムンプス難聴について

(IASR Vol. 34 p. 227-228: 2013年8月号)

 

ムンプス後の難聴の発生頻度は、従来 1.5万人に1人程度の極めてまれなものとされていた。しかしこの根拠となる研究ではムンプス患者数を地域の人口の半数1)、あるいは地域の小学生総数の86%2)とした推計値を用いてムンプス難聴と診断された患者数の比率を計算したものであり、決して信頼に足るものではない。前向き調査はわずかにVuori3)が軍人のムンプス患者 298例の聴力を精査した報告のみであり、このうち高度の難聴は1例のみ発見されていた。

小児に対する前向き調査は石丸4)が試みているが、症例数が少なく、3歳以上の 365例のムンプス患者で聴覚スクリーニングを行った中には難聴を認めたものはなかった。

世界的にはムンプスはすでにワクチンの徹底によりほぼ制圧された疾患であり、いまだにムンプス難聴患者が発生し続けている日本の状況が異常なことは、Plotkin5)が述べているとおりである。これまで多くの小児科はムンプス難聴が極めてまれなものであり、万一発症しても片側のみの失聴で大きな問題がないと学び、信じていたため、ムンプスがワクチンによって防ぐべき危険な疾患であることを患者さんに伝えてこなかった。一方でMMR ワクチンによる副反応が問題となったことから、定期接種に認定されていないおたふくかぜワクチンの接種に消極的な医師は珍しくない。 

われわれ近畿外来小児科学研究グループは、ムンプス難聴の発生頻度を知ること、および調査を通じて広くこの疾患を啓発することを目的として、2004~2006年の3年間、小児科診療所を中心とする40施設のグループ研究でムンプス難聴の前向き調査を行った6)。その結果、20歳以下のムンプス患者 7,400名中ムンプス難聴の発症が7名確認された(図1表1)。発生頻度は 1,000例に1例(95%信頼区間:1/549 ~1/3,128)であった。調査を行う中で、子どもだけではなく母親がムンプスに感染してムンプス難聴を発症した事例もあった。感染症発生動向調査ではムンプスは全数調査ではなく小児科定点からの報告集計のため、成人例の多くは把握されていない。確かにムンプスの好発年齢は3~6歳を中心とする小児だが、20~40代の成人でも発症ピークがあり、ムンプス難聴も同様に親世代の成人で発生していることを、多屋7)や川島8)は報告している。

ムンプス難聴は多くが片側性で、健側の耳が聴覚を補うとされており、確かに小児では片側ろうであっても本人も周囲も発症に気づいていないことが珍しくない。成人のほうが耳鳴りやめまいを伴うことが多く、難聴に関する自覚も強い。我々の研究でも7例の小児例のなかでは嘔吐・めまいを伴ったものは2例のみで、その他は全身状態も良好で、髄膜炎の合併もない通常の経過のムンプスであり、片耳ごとの聴覚チェックで初めて難聴が判明した。さらには聴覚チェックで難聴が疑われても、ふざけているだけだろうと保護者が思っていた例も2例あった。こうした小児では直ちに生活に支障をきたすものではないが、音の方向が把握できないこと、騒がしい中での聞き取りが困難で、ちょっとしたおしゃべりについていけないことなどからその後に人間関係にストレスを感じる患者は多い。成人発症の方では離職を余儀なくされることも珍しくない。さらには残された側の聴覚が失われることに多くの患者さんは強い不安を抱えており、医者側の「高度難聴ではあるが片側だから問題はない」との理解と実情は大きく乖離している9)

ムンプス難聴は届出疾患でもなく、現在有効な治療法もないため受診の必要がないと告げられている患者さんが多いため、正確な患者数は不明である。小児科と耳鼻科の複数科にまたがることから、難聴を発症した患者さんが耳鼻科に受診するのみで小児科医には告げず、小児科医がムンプスと診断した患者さんがその後難聴になったことを知らずにいることもある。外見上障害は判らず、通常の社会生活を送っているため、マスコミで病気を訴えられる方がなかなか居られないことも、世間の認知度が低い一因と思われる。しかし日本のムンプス流行状況からは年間に 700~ 2,300人のムンプス難聴患者が発生し、その一部は両側性難聴と考えられる。

ワクチン接種の選択に関しては各々が判断するとしても、ムンプス難聴という重大な合併症があることは広く国民に啓発すべき重大なことと考える。

 

参考文献
1) Everberg G, Acta Otolaryngol 48: 397-403,1957
2) 西岡出雄,他, 日本耳鼻咽喉科学会会報 88: 1647-1651, 1985
3) Vuori M, et.al., Acta Otolaryng01 55: 231-236, 1962
4) 石丸啓郎, 小児科診療 51: 1421-1427, 1988
5) Plotkin SA, Pediatr Infect Dis J 28: 176, 2009
6) Hashimoto H, et al., Pediatr Infect Dis J 28: 173-175, 2009
7) 多屋馨子ら, 厚生労働科学研究費補助金(新興・再 興感染症研究事業)「水痘、流行性耳下腺炎、肺炎球菌による肺炎等の今後の感染症対策に必要な予防接種に関する研究(研究代表者:岡部信彦)」, 平成18年度分担研究報告書: p45-49, 2006
8) 川島慶之, 第48回日本聴覚医学会一般演題発表, AUDIOLOGY JAPAN 47(2), 2004
9) ムンプス難聴にかかった方および子どもたちの保護者からのメール 2007年8月(完成版)近畿外来小児科学研究グループ 橋本裕美  
        http://hchild-c.com/mumps/patientv.pdf

 

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