国立感染症研究所

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インフルエンザ抗体保有状況 -2023年度速報第2報- (2024年1月23日現在)
 

はじめに
 感染症流行予測調査事業における「インフルエンザ感受性調査」は、毎年、当該シーズンのワクチン接種開始前、流行前の抗体保有状況(免疫状況)を把握し、抗体保有率が低い年齢層に対する注意喚起等を目的として実施している。
  わが国におけるインフルエンザワクチンは、2015/16シーズンからA(H1N1)亜型、A(H3N2)亜型、B型(ビクトリア系統と山形系統)の4つのインフルエンザウイルスをワクチン株とした4価ワクチンが用いられている。本稿では今シーズン(2023/24シーズン)のワクチン株に用いられた4つのインフルエンザウイルスに関する抗体保有状況のまとめと検討を行った。
 

1. 調査対象および方法
 2023年度の調査は、16都道府県から各198名、合計3,168名を対象として実施されており、2024年1月23日までに入手できた15道県の速報データについて報告する。インフルエンザウイルスに対する抗体価の測定は、健常者から採取された血液(血清)を用いて、調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により行われた。HI法に用いたインフルエンザウイルス(調査株)は以下の4つであり、各ウイルスの卵増殖株を由来としたHA抗原を測定抗原とした。また、採血時期は原則として2023年7~9月(インフルエンザの流行シーズン前かつ当該シーズンのワクチン接種前)とした。

a)A/Victoria(ビクトリア) /4897/2022 [A(H1N1)亜型]
b)A/Darwin (ダーウィン) /9/2021 [A(H3N2)亜型]
c)B/Phuket(プーケット)/3073/2013 [B型(山形系統)]
d)B/Austria(オーストリア)/1359417/2021 [B型(ビクトリア系統)]

 なお、本速報では抗体保有率として、感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上について示している。
 

2. 調査結果
 2024年1月23日現在、北海道、茨城県、栃木県、群馬県、神奈川県、新潟県、福井県、山梨県、長野県、静岡県、愛知県、三重県、愛媛県、高知県、沖縄県の15道県から合計3,592名の結果が報告された。5歳ごとの年齢群別対象者数は、0-4歳群:318名、5-9歳群:240名、10-14歳群:245名、15-19歳群:303名、20-24歳群:270名、25-29歳群:342名、30-34歳群:369名、35-39歳群:274名、40-44歳群:206名、45-49歳群:216名、50-54歳群:237名、55-59歳群:223名、60-64歳群:187名、65-69歳群:94名、70歳以上群:68名であった。
 

【年齢群別抗体保有状況】
A/Victoria(ビクトリア) /4897/2022 [A(H1N1)pdm09亜型]:
図1上段
 今シーズンのA(H1N1)亜型のワクチン株は2022/23シーズンのA/ビクトリア/1/2020から変更された。本調査株に対する1:40 以上のHI抗体保有率は、全年齢群で2022/23シーズン前の結果と比べ非常に低く、全ての年齢群で15%以下となり、特に30歳以上の各年齢群で、65-69歳群を除き10%を下回っていた。

A/Darwin (ダーウィン) /9/2021 [A(H3N2)亜型]:図1下段
  今シーズンのA(H3N2)亜型のワクチン株は昨シーズンから変更されておらず、2年連続同じ株となっている。1:40以上のHI抗体保有率は5-9歳群から65-69歳群では20%~35%あった。0-4歳群の抗体保有率は10%と2022/23シーズン前の結果とほぼ変わらず低かった。

B/Phuket(プーケット)/3073/2013 [B型(山形系統)]:図2上段
  B型(山形系統)のワクチン株は2015/16シーズンから変更されていない。1:40以上のHI抗体保有率は30-34歳群の72%をピークになだらかな一峰性を示し、10-14歳群以降の年齢群で30%以上であったが、0-4歳群と5-9歳群では30%を下回っていた。

B/Austria(オーストリア) /1359417/2021[B型(ビクトリア系統)]:図2下段
 B型(ビクトリア系統)のワクチン株は2022/23シーズンから変更されていない。1:40以上のHI抗体保有率は、40-44歳群以降の年齢群では20%から45%となったが、0-4歳群から35-39歳群の年齢群では20%を下回り10%未満となった年齢群も見られた。
 


図1


図2

コメント
 今シーズンはA(H1N1)pdm09亜型のワクチン株が変更となり、A(H3N2)亜型、B型山形系統、B型ビクトリア系統では変更がなかった。本調査では、これら4つのワクチン株抗原に対するHI抗体保有状況を調査している。抗体保有率の低かった2022/23シーズン前よりA(H1N1)pdm09亜型のワクチン株に対する抗体保有率が低く、際立っていた。A(H3N2)亜型とB(ビクトリア系統と山形系統)は2022/23シーズン前と同様の傾向が見られた。
   2023/24シーズン(2023年36週以降)におけるインフルエンザウイルス分離・検出報告は、今シーズンに入る前からインフルエンザの分離・検出がされており、今シーズンに入った36週以降も報告が続いている。分離・検出の報告はA(H3)が多く、次いでA(H1)pdm09が多く報告されている。(週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数、2019/20~2023/24シーズン(2024年1月23日アクセス時点):https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data2j.pdf )
 また、感染症発生動向調査(https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html)において、2024年第1週の定点当たりのインフルエンザ報告数は12.66(患者報告数61,918)、2023年第52週の定点当たりのインフルエンザ報告数は21.65(患者報告数104,612)となり、2023年49週の定点当たりの報告数33.73(患者報告数166,776)以降は減少に転じている。今後の推移については不確定であるが、例年の傾向として今後も感染の流行が継続する可能性示唆される。抗体保有率の低い年齢層においては注意が必要である。特に0-4歳群での抗体保有率の低値が懸念される。
  今回の結果は2023年度速報第2報で2024年1月23日時点の暫定値であることに注意が必要である。


国立感染症研究所 感染症疫学センター/インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター

IDWRchumoku 注目すべき感染症 ※PDF版よりピックアップして掲載しています。

◆インフルエンザ

 

 インフルエンザは、インフルエンザウイルスを原因病原体とする急性の呼吸器感染症で、世界インフルエンザは、インフルエンザウイルスを原因病原体とする急性の呼吸器感染症で、世界中で流行がみられる。主な感染経路は、咳、くしゃみ等により発生する飛沫による感染(飛沫感染)であるが、物の表面等に付着した飛沫に触れた手指を介した接触感染もある。症状としては、発熱、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛・関節痛などが出現し、鼻汁・咳などの呼吸器症状がこれに続く。通常の感冒と比べて全身症状が強いことが特徴であるが、通常は1週間前後の経過で軽快する。症状のみで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との鑑別は困難である。

 

 インフルエンザの発生状況は、感染症法に基づき、全国約5,000カ所のインフルエンザ定点医療機関(小児科定点約3,000、内科定点約2,000)から毎週、届出される患者数等から把握されている。2022/23シーズンは報告が非常に低調で、全国的な流行開始の指標である定点当たり報告数1.00を上回った週が一度もなかった2020/21、2021/22シーズンとは異なり、インフルエンザの報告数は増加し、2022年第51週には定点当たり報告数1.24と流行開始の指標を上回った(シーズン:第36週~翌年第35週)。2022/23シーズンの立ち上がりは、COVID-19パンデミックが始まる前の2017/18、2018/19シーズンと比較して遅かったが、その後流行が拡大し、2023年第6週に全国の定点当たり報告数が12.91となりピークを迎えた。以降、報告数は減少したものの、1.00を下回ることなく、2023/24シーズンに入った。2023/24シーズンは、2023年第45週、第48週を除き定点当たり報告数の増加が継続し、第49週には33.72(報告数166,690)となった。その後、第50週の報告数は29.94と減少に転じ、2024年第1週においては年始が含まれるため動向の解釈に注意を要するが、12.66(報告数61,918)と減少傾向が続いた(インフルエンザの年別・週別発生状況:https://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1644-01flu.html)。一方、週ごとの定点当たり報告数は、過去5年間の同時期(前週、当該週、後週の合計15週の平均)と比較してかなり多い状況であった(本号5ページ「定点把握疾患の報告の過去5年間の同時期との比較(2024年第1週)」参照)。なお、2024年第1週(2024年1月1〜7日)の都道府県別の定点当たり報告数は、宮崎県(26.05)、茨城県(22.34)、岐阜県(20.82)、大分県(19.21)、沖縄県(18.85)、秋田県(17.37)、福岡県(17.29)、愛知県(16.94)、長崎県(16.94)、福島県(16.46)、高知県(16.39)、熊本県(15.94)、滋賀県(14.93)、鹿児島県(14.89)、千葉県(14.58)、香川県(13.85)、埼玉県(13.82)、三重県(13.82)、鳥取県(13.79)、徳島県(13.59)、長野県(13.44)、石川県(12.84)、青森県(12.66)、岩手県(12.56)、佐賀県(12.49)、大阪府(11.67)、島根県(11.66)、静岡県(11.59)、宮城県(11.26)、山口県(11.22)、京都府(11.16)、福井県(11.15)、新潟県(11.02)、岡山県(10.98)、広島県(10.85)、山形県(10.74)、和歌山県(10.63)、群馬県(10.44)、富山県(10.38)、北海道(10.15)、愛媛県(9.97)、兵庫県(9.91)、山梨県(8.44)、奈良県(8.25)、栃木県(7.97)、東京都(7.83)、神奈川県(7.77)の順となっている。45都道府県で前週の報告数より減少がみられた。また、直近3週間(2023年第50週〜2024年第1週)の累積報告数の男女比は、15歳未満の年齢群では1.1:1、15〜19歳の年齢群では1.2:1、20〜29歳の年齢群では1.1:1と男性に多く、30〜49歳の年齢群では1:1.2とやや女性に多かった。小児では男性が多く、30~40代では女性が多い傾向は、例年と同様である。

 

 定点医療機関からの報告を基に、2024年第1週に定点以外を含む全国の医療機関を受診した患者数を推計すると、約48.7万人(95%信頼区間:44.6~52.8万人)となり、前週の推計値(約76.9万人)よりも減少した。年齢別では、0~4歳が約4万人、5~9歳が約3.9万人、10~14歳が約3.7万人、15~19歳が約4.1万人、20代が約9.3万人、30代が約5.9万人、40代が約5.7万人、50代が約5.4万人、60代が約3.3万人、70歳以上が約3.4万人となっている。2023年第36週~2024年 第1週の推計受診者数の累積は約1107.4万人となった(2024年1月10日現在)。

 

 病原体サーベイランスにおける、インフルエンザウイルス分離・検出速報によると(https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html)、2023/24シーズンのインフルエンザウイルス分離・検出報告数は、2024年1月10日現在、AH3亜型が1,526株、AH1pdm09が783株、B型が44株(ビクトリア系統43株、系統不明1株)検出されている。また、直近5週間の2023年第49週~2024年第1週では、AH3亜型が103株(57%)、AH1pdm09が64株(35%)、B型が14株(8%)であった。

 

 インフルエンザ入院サーベイランス(全国約500カ所の基幹定点医療機関が週毎に報告するインフルエンザによる入院患者数、より重症な症例数の推移を反映する)においては、2023年第36週以降、継続して増加傾向であったが、第49週1,292例、第50週1,331例、第51週971例、第52週1,161例、2024年第1週1,162例と、直近の数週間は減少傾向であった。ただし、直近の週は届出の遅れ等で少なく集計される場合があることに注意が必要である。2024年第1週の年齢別の報告数は、1歳未満(55例)、1~4歳(135例)、5~9歳(72例)、10代(32例)、20代(21例)、30代(24例)、40代(34例)、50代(58例)、60代(116例)、70代(225例)、80歳以上(390例)であった。今シーズンの基幹定点におけるインフルエンザによる入院患者の累積報告数は11,993例となり、10歳未満が4,212例(35.1%)、70歳以上が4,543例(37.9%)であった(2024年1月10日現在)(インフルエンザの発生状況について:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou01/houdou.html)。

 

 2023/24シーズンの急性脳炎(5類感染症全数把握対象疾患)におけるインフルエンザ脳症は、2023年第36週から第52週にかけて114例(疑い症例を含む暫定値)の報告があり、同時期に報告のなかった2021/22、2022/23シーズンと比較して大きく増加した。検出されたインフルエンザウイルスはA型97例(85%)、インフルエンザ疑い例2例を含む型不明例17例(15%)であった。インフルエンザ脳症の直近5週の報告数は第49週に10例(A型9例、型不明1例)、第50週に13例(A型11例、型不明2例)、第51週に12例(A型11例、型不明1例)、第52週に5例(A型5例)、2024年第1週に報告はなかった。ただし最直近の週は届出の遅れ等で少なく集計される場合があること、当該週は年始を含んでいることに注意が必要である(2024年1月10日現在)。

 

 感染症法に基づくサーベイランス以外の情報においてインフルエンザの流行状況を示唆する情報として、全国の保育所・幼稚園、小学校、中学校、高等学校におけるインフルエンザ様症状の患者による休校数、学年閉鎖数、学級閉鎖数を集計する学校サーベイランス〔インフルエンザ様疾患発生報告(学校欠席者数):https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-flulike.html〕と国立病院機構140病院において医師がインフルエンザを疑い、インフルエンザ迅速抗原検査を実施した検査件数と検査陽性数が報告されることにより、検査陽性率が把握できる「国立病院機構におけるインフルエンザ全国感染動向」(https://nho.hosp.go.jp/cnt1-1_0000202304.html)がある。

 

 学校サーベイランスでは、2023年第36〜52週までのインフルエンザ様症状の患者による休校数、学年閉鎖数、学級閉鎖数の累積は、休校1,305件、学年閉鎖12,932件、学級閉鎖44,479件となり(2024年1月10日現在)、2022/23シーズンの同時期の累積の休校2件、学年閉鎖33件、学級閉鎖150件を大きく上回り、インフルエンザ様症状を示す患者の増加を示した。「国立病院機構におけるインフルエンザ全国感染動向」では、10月上旬~中旬以降、検査数・陽性数・陽性率は継続して増加傾向であった。直近の2023年12月16~31日に関して、前年の同時期の結果と比較すると、検査件数はほぼ倍増したが(6,439件→13,755件)、検査陽性件数は10倍以上増加し(151件→2,013件)、結果、検査陽性率が2.3%から14.6%に増加した。これらはインフルエンザ様疾患においてインフルエンザ症例が増加したことを示している。

 

 例年インフルエンザは、11月末から12月にかけて流行開始の指標である全国の定点当たり報告数が1.00以上となる(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/flu.html)。2023/24シーズンは、2023年9月(第36週)時点で定点当たり報告数が4.48であり、シーズン開始時において前シーズンの流行が継続していた。以降、週毎報告数は、例年と比較してかなり高い値で推移している。また、COVID-19の定点当たり報告数についても、2023年第47週以降増加が継続している(新型コロナウイルス感染症サーベイランス週報:https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/12015-covid19-surveillance-report.html)。二つの感染症への個人の予防策として、マスクの適切な着用を含む咳エチケット、手指衛生の徹底、適切な換気の実施等が推奨される。医療・福祉施設へのウイルスの持ち込みを防ぐことや、ワクチン(インフルエンザワクチン、新型コロナワクチン)の接種を検討することも重要である。なお、2023/24シーズンは、例年通りA型2亜型とB型2系統による4価のインフルエンザワクチン(https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2066-idsc/related/584-atpcs002.html)が製造されており、65歳以上の高齢者、又は60〜64歳で心臓、腎臓若しくは呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限される者、あるいはヒト免疫不全ウイルス(HIV)により免疫機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な者は、予防接種法上の定期接種の対象となっている(https://www.mhlw.go.jp/stf/index2023.html)。2023/24シーズンを通したインフルエンザワクチンの供給量は、3,121万本(成人に対して約6,242万回分)が見込まれている(https://www.mhlw.go.jp/content/001148196.pdf)。

 

 諸外国においては、COVID-19パンデミックの発生以降、インフルエンザの流行が過去と異なるタイミングで開始した報告などがみられており、今後の動向についても注視が必要な状況である(世界保健機関Influenza Update:https://www.who.int/teams/global-influenza-programme/surveillance-and-monitoring/influenza-updates)。こうした中で、本稿で示したように複数の指標を用いて、インフルエンザの動向を包括的に監視していくことが重要である。

 

 今後のインフルエンザの感染症発生動向調査には注意をしていただくとともに、これらの詳細な情報と最新の状況については、以下を参照いただきたい。

 

●感染症発生動向調査週報(IDWR) 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html
●インフルエンザ流行レベルマップ 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-map.html
●インフルエンザウイルス分離・検出速報 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html
●今冬のインフルエンザについて(2022/23シーズン) 
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/influ/fludoko2023.pdf
●インフルエンザ2022/23シーズン 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol44/12366-idx525.html
●令和5年度 今シーズンのインフルエンザ総合対策について 
https://www.mhlw.go.jp/stf/index2023.html
●令和5年度インフルエンザQ&A
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/QA2023.html
●インフルエンザ啓発ツール
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/keihatu.html

 

   国立感染症研究所 感染症疫学センター

 

IASR-logo

A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在)

(速報掲載日 2024/1/15) (IASR Vol. 45 p29-31: 2024年2月号)
(2024年1月24日黄色部分修正)
背景・目的

劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome: STSS)は、急激かつ劇的な病状の進行を特徴とする致命率の高い感染症である。STSSは、感染症法に基づく感染症発生動向調査において、5類全数把握疾患と定められている。届出に必要な要件は、ショック症状に加えて肝不全、腎不全、急性呼吸窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群、軟部組織炎、全身性紅斑性発疹、中枢神経症状のうち2つ以上をともない、かつ通常無菌的な部位(血液など)等からβ溶血を示すレンサ球菌が検出されることであり、要件を満たすと診断された場合、届出対象となる。STSSの病原菌は、A群溶血性レンサ球菌(group A Streptococcus: GAS, Streptococcus pyogenes)の他、B群、C群、G群の溶血性レンサ球菌などがある。本稿では、感染症発生動向調査上、STSSとして届出された症例のうちGASによる症例(以下、GASによるSTSS症例)について述べる。

2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に向けての感染症リスク評価

令和6年(2024年)1月9日
(掲載日:2024年1月9日)

国立感染症研究所
実地疫学研究センター
感染症危機管理研究センター
感染症疫学センター

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1.目的

 

2025日本国際博覧会(大阪・関西万博、以下万博とする)を、国内外から同時期、同じ目的で特定の場所・地域に多くの者が集まる、いわゆる国際的マスギャザリングイベントととらえ、発生しうる感染症を中心とする健康危機事象を想定し、公衆衛生対応に備えることが重要である。また、来場する外国人客の多くは、国内に一定期間滞在することが見込まれることから、万博会場内外を通じて整合性のある備えと内外での情報の共有が重要である。
万博に関して、国、各自治体(特に大阪府・市を含む近畿圏)の感染症担当部局が地域住民、国内外の万博来場者における感染症のリスクを事前に評価し、事前、期間中、事後の準備と対策に資する。

 

対象:

・国内外の万博来場者

・開催地周辺自治体の住民

・参加者:160か国・地域、9国際機関(2023年11月14日現在)からの公式参加者とパビリオン出展

・催事・運営・営業等に係る非公式参加者

・万博会場で業務に従事するスタッフ:医療・警備・清掃・案内所担当・ボランティア等

・関係機関:国・府市・警察・消防等

 

2.万博の概要

 

開催期間1:2025年4月13日(日) – 10月13日(月)184日間
 開催場所1:大阪市此花区 夢洲(ゆめしま)(約155ha)、大阪北港にある人工島3地区のひとつ

 

01
 

参加者:公式参加者・非公式参加者(1万5千人程度想定(万博協会2023年10月時点試算))、2-4関係従事者としてボランティアを含む万博スタッフ(7万人程度想定(万博協会2023年10月時点試算))に加え、警察、消防、自治体等の関係機関の職員が運営に関与する。来場者総数は約 2,820 万人(国内は約 2,470 万人 (88%)、海外来場者が約 350 万人(12%))、国内来場者のうち、近畿圏内は約 1,559 万人(63%)、近畿圏外は 約 911 万人(37%)、海外来場者の中心は、東南アジア、オセアニアからの渡航者と想定される。

 

3.万博の概要と過去の万博の状況にもとづいた、健康被害に関するリスク評価
      を行う際に考慮すべき万博の特徴

 

(1)時・期間

・開催期間が180日以上である
・食中毒の発生しやすい時期を含む
・開催が豪雨・台風・猛暑の影響を受ける時期を含む3
・媒介蚊の繁殖の時期を含む

(2)人流

・参加国や参加人数の規模が大きい
 - 期間中の海外からの入場者は約350万人と推計されており、その大半は東南アジアおよびオセアニアと推定される。
 - 滞在日数は通常の訪日客と大きく変わりないと思われ、これらの訪日客の70%ほどは1週間~2週間程度の滞在と想定する。
・国内外の観光客の滞在先や地理的行動範囲は大阪府内や近畿圏の観光地周辺が中心となりうるが、日本国内の様々な地域に移動、宿泊する可能性がある。
・国内外の来場者や観光客の多くが、移動手段として公共交通機関を利用すると想定される。

(3)開催場所
  会場配置図1

      02

・国内や大阪府内の大型テーマパークと同様に、会場内には、パビリオンやイベントなど、屋内外を問わず特定の場所に人(訪日外国人も含め)が集まる場所や機会がある。
・食品を提供するパビリオン(国内外の関係者が主催)がある。
・会場に、感染症を媒介する昆虫や動物が生息しやすい環境がある(静けさの森、ウォータープラザ 等)。
・会場に、冷却塔、給水機、ドライ型ミスト等がある。
・観客にしぶきがかかるような水を使った演出がある。

(4)会場の医療体制

会場内の医療救護施設の整備状況については、8か所の診療所・応急手当所の設置が予定されており、主として大阪府内に勤務する医師、看護師により運営される見込みである。

(5)その他

・メディアの関心が高いと想定され、感染症、その他の健康危機事象が発生した場合、開催自治体や開催を推進する政府にとってreputation riskがある。

・海外からの観光客は、万博のみを目的に訪日するとは限らず、市中で感染した者が会場を訪れるケースや、会場で感染した者が市中で観光を行い、感染を広げるケースの両面があることに注意を払う必要がある。

     

4.リスク評価

 

以下のように、リスク評価の骨子に従い①および②と③(②と③はそれぞれ独立して検討)を検討し、リスク評価を行った。

(1)リスク評価の骨子

①公衆衛生対応に必要な体制に関する基本情報の整理

・既存のサーベイランス(病原体、媒介蚊含む)
・食中毒・感染症対応体制(特に広域対応や情報共有の体制)

平時の感染症の発生状況(輸入例と国内例)(特に5月-10月)及びワクチン予防可能疾患(VPD)のワクチン接種率と抗体保有状況

③評価のための項目
 万博の特徴、および疾病や災害に関する以下の特徴を考慮して感染症(発生動向調査報告対象疾患(市中感染が主の感染症を対象)や食品苦情窓口の対象事象を想定)を評価し、対策において優先すべき感染症を選定する。

ⅰ.考慮すべき感染症の特徴より
・訪日来場者、訪日スタッフから持ち込まれる可能性が高い
・臨床診断や病原体検査が容易でなく早期探知が難しい
・重症度が高い・対応にあたる行政や医療機関への負荷が高い

ⅱ.考慮すべき感染経路の特徴より
・万博会場や公共交通機関で不特定の者が曝露する(環境・媒介昆虫・媒介動物による曝露を
  含む)可能性がある感染症
・万博会場やその近隣で曝露する可能性がある食品媒介感染症
・ヒトーヒト感染し、万博会場、市中、宿泊施設で感染伝播がありうる感染症

ⅲ.自然災害後に発生しうる感染症(特に会場における浸水、地震被害への対応にあたる
   スタッフを想定)

ⅳ.バイオテロ災害

ⅴ.過去に開催された万博で行われた強化サーベイランスの対象、報告のあった感染症(疑い)

       

結果

表のとおり、疾患ごとに、(A)国外からの持ち込み、(B)大阪府内における感染伝播、(C)万博(来場者、スタッフ)に関連した集団発生、(D)大規模事例かつ重症度の高い症例の発生にわけてまとめた(表)。大規模事例の懸念、かつ高い重症度等を考慮すると、まず、麻しん、侵襲性髄膜炎菌感染症、中東呼吸器症候群(MERS)、食品に関連した腸管出血性大腸菌感染症は注意すべき感染症といえる。COVID-19、季節性インフルエンザを含めた急性呼吸器感染症の集団発生、会場で提供された食品が原因の集団食中毒について十分注意が必要である。また、万博に関連した原因不明の重症の感染症疑いの発生についても念頭に置く必要がある。なお、本リスク評価では、急性の感染症や食中毒以外の中長期的な拡散リスクに伴う感染症リスクについては、対策の性質が異なることから含めていない。

       
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特記事項

・輸入感染症については、全般に一般臨床医の診断経験が乏しいこと、また、特異的な検査が医療機関レベルでは行えないものもあり、診断が難しい場合がある。
・つつが虫病、日本紅斑熱、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)を含むダニ媒介感染症は大阪府内での報告があり、ヒトからヒトへの感染伝播はないが、会場内の森林、府内の感染リスクの高いエリアでの活動により複数人が感染する可能性がある。
・一部の国や地域で既に排除が達成されている疾患(麻しん、風しん等)について、万博に関連した事例が発生した場合には、排除国等からの訪日者においてリスク認識の程度に隔たりがあり、国際的なコミュニケーション上の負荷が高くなる可能性がある。
・会場に自然災害の被害が発生した場合には、特にその対応にあたるスタッフ(ボランティア)について、破傷風、レプトスピラ症等の災害関連の感染症について注意が必要となる。
・尚、表の評価項目(A)、(B)については、必ずしも万博に特化して影響を受けるとは限らない。

 

(2)対策の策定

リスク評価の結果から、想定されうる対策を以下に挙げた。

事前の対策・介入対象の検討

国及び地域

・麻しん・風しんワクチン接種の啓発(特に観光業を中心とした不特定多数と接する
    機会のある業務の従事者について)

・地域の医療機関における輸入感染症等の普段診療することが少ない感染症に関する
    認知の向上

・輸入感染症を中心とした比較的まれな感染症の検査体制の確認と周知

・食品部局との連携強化

・広域対応等も含む事例発生時対応機能(大阪府、市、近畿圏自治体、国の連携体制
    の構築を含む)の強化(研修等による)

 

万博関係施設、スタッフ

・万博協会を通じた必要な予防接種の啓発等(麻しん・風しんワクチン、救護所を含
    む万博関連医療施設で患者対応する者については髄膜炎菌ワクチンの接種を検討)

・基本的な感染対策に関する教育・訓練及び啓発

・食品提供基準管理のための準備(特に海外事業者向け、健康教育等)

・会場内の救護・診療体制の構築

・会場内の水質管理・衛生管理体制

・会場内の感染症媒介昆虫・動物(同伴ペットを含む)への対応

 

サーベイランスの強化

国及び地域

・強化サーベイランス実施の計画

-強化サーベイランスの対象者の特定

-万博関係症例の定義の作成と万博関係症例かどうかが判断できる仕組みづくり

-大阪府内の感染症発生動向を万博協会に共有し、会場内での注意喚起等の対応が
   できる仕組みづくり

-強化サーベイランス関係者の連携体制の確認(近畿圏で広域に情報共有が必要と
   なることを想定しておく、食品部局との連携

・情報の探知・確認・評価・周知までの関係者の役割の明確化

-食中毒、自然災害、バイオテロの場合を含む
→このため「周知」には平時のコミュニケーション~クライシスコミュニケーション
  までを想定(国際保健規則に基づく通報、国際的な情報共有が必要な事例(例えば
  集団発生が他国に影響を及ぼす場合)も念頭に置く

・運用に関する説明およびトレーニングの実施

-上記で述べた注意すべき疾患および疑似症サーベイランスについても関係者で
   報告~対応のプロセスの確認が重要

 

万博関係施設、スタッフ

・来場者、スタッフにおける追加のサーベイランス導入の検討(救護所含む会場内
    サーベイランス(症候群)、スタッフの健康観察等)

-感染症に関する症候群サーベイランスの項目(例):発熱、急性呼吸器感染症
   (発熱+上気道症状)、消化器症状(下痢、嘔吐等)、皮疹、髄膜炎症状、重症感染症
   疑い等

・万博協会と地域の公衆衛生担当部局(特に感染症、食品衛生部局)との連絡・連携
    体制の構築

-担当窓口の明確化、関係者におけるサーベイランス情報や感染症(疑い)発生状況
   の共有

・事例発生時の地域の公衆衛生担当部局との連携体制の事前の構築

-窓口の明確化、役割分担、情報共有の仕組み、クライシスコミュニケーション
  (公表の基準等)

 

 

参考情報


 平時の感染症の発生状況

(1)2015~2019年の年間報告数と輸入指数を用いた輸入感染症の分類

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2015-2019年の全国で報告された全数把握対象疾患について「輸入例/感染地域不明を除く報告症例数」の割合を「輸入指数」とした。2015-2019年に輸入例が1例以上報告された疾患について、輸入指数の中央値を算出し、中央値より高い場合を輸入リスクの高い疾患とした。また、輸入感染症の報告数の程度は、2015-2019年の年間平均報告数が10~99例を「少」、100~999例を「中」、1000例以上を「多」と分類した。

(2)大阪府における年間平均症例数が10 例を超える感染症(2015年~2019 年)

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注)

*1  感染症発生動向調査において、2015-2019年の大阪府内の総報告数が多い順に掲載

*2  感染症発生動向調査において、大阪府内の2015-2019 年の年間平均報告数が10例以上
   または100例以上の疾患

*3  各年の診断週第13-44週までの報告数より算出

*4  2015-2019年に感染症発生動向調査に国外感染例が報告された疾患について、報告症例
      における国外感染例の割合を輸入指数として、その中央値(0.06)を算出

*5  最短の潜伏期間が4週間以上(結核以外)の疾患及び潜伏期間が明らかでない薬剤耐性菌
      感染症を除く

 

参考文献

1.EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト

https://www.expo2025.or.jp/

2.大阪・関西万博 来場者輸送具体方針(アクションプラン)初 版.2025 年日本国際博覧会来場者輸送対策協議会 2022 年 10 月

https://www.expo2025.or.jp/wp-content/uploads/221017_raizyousyayusougutaihousin.pdf

3.愛地球博 EX`P2005 第5回外国人入場者数調査.愛・地球博公式ウェブサイト

http://www.expo2005.or.jp/jp/N0/N2/N2.6/N2.6.401/index.html

>4.日本政府観光局

https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/

 

謝辞

本感染症リスク評価の作成に当たってご協力いただきました大阪府健康医療部感染症対策企画課、大阪市保健所感染症対策課、大阪健康安全基盤研究所公衆衛生部健康危機管理課の皆様に深謝いたします。

 

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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